2017年02月12日

ヘイノ・カスキ(Heino Kaski)を聴く(YouTubeから)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10411801273.html
2009年12月15日

《転載開始》

Heino Kaski.jpg
Mieskuoro Sirkat - Heino Kaski

以前、CD化されていない交響曲の話などで取り上げた、
シベリウスの影に隠れながらも
隠れた傑作を書いたヘイノ・カスキですが、
カスキを人に紹介する時、
まず何と言う曲を筆頭に取り上げるか考えた所、
これだろうと思うのが、
前奏曲ロ短調『激流』
Preludi h-molli op 48-1 ”Pankakoski-Strom”
です。

水の激しく流れ行く様が見事に活写されているのみならず、
それを非常に印象深い美しいピアノ曲に仕上げた見事さ!!

つまり、”写実”と”ロマンティック”が上手く
調和している様に感じられました。

YouTubeには、この曲を演奏した録音が幾つも出ていますが、
その中には、日本人と思われる人によるものもあります。

今回取り上げたのは、録音場所が録音場所だけに、
ややエコーがかってますが、
演奏に関しては、恐らく一番良いのではないか?
と思われるものを取り上げました。
 
演奏:ユッスィ=ペッカ・ヘイッキラ(Jussi-Pekka Heikkilä)
http://www.youtube.com/watch?v=CCeiGiYQ9ZE




【追記】
肖像画像追加(2017/3/17)

《転載終了》
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2017年02月05日

ブルノ・スクルテ(Bruno Skulte)ラトヴィアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10413737014.html
2009年12月18日

《転載開始》

Bruno Skulte.jpg
Bruno Skulte: Daugava; A Herder's Life; Ballad - AllMusic

ブルノ・スクルテ
 Bruno Skulte(1905-1976)

ウクライナのクィーイィウ(Київ)(キエフ)生まれ。
1922年に家族がラトビアに戻ったあと、
ブルノも1931年にラトビアへ移る。
ラトビア音楽院(Latvijas Konservatorija)で、
ヤーゼプス・ヴィートルス(Jāzeps Vītols)に作曲を学ぶ。
1949年にアメリカへ移住し、
教会のオルガン奏者・合唱指揮者としても活動。
弟のアードルフス・スクルテ(Ādolfs Skulte)も、作曲家である。
ニューヨークのブルックリン(Brooklyn)区にて死去。

2009年12月18日現在、
Wikipediaにブルノ・スクルテの項目はありません。
アードルフス・スクルテ(Ādolfs Skulte)のならあります。
そんなわけで、彼に関しては分からない事だらけで、
日本語ブログでレビューを書いている人も未だいないようですし、
早めに取り上げる事にしました。
ブルノの曲は幾つか聴いていますが、
主にラトビア民謡の要素を取り入れた後期ロマン派という、
19世紀後半的な分かりやすい作風のようです。



歌劇『ヴィルカチーの女相続人』
Mūzikas drāma”Vilkaču mantiniece”
台本(librets):トーニヤ・クラヴェ(Tonija Klave)
未完成だった歌劇を、
2005年に生誕100年を記念して補筆完成させたものが
2006年に録音され、2007年にCD化されました。
まず聴いて見れば分かりますが、
思いっきり後期ロマン派的な分かりやすい作風。
より具体的に言えば、ヴァーグナーやロシア国民楽派に近いだろうか。

聴いていて、
スウェーデンのクット・アッテルベリ(Kurt Atterberg)の交響曲や、
スコットランドの早熟の天才ヘイミッシュ・マッカン(Hamish MacCunn)の
歌劇『ジーニー・ディーンズ』(Opera”Jeanie Deans”)
等も思い起こしました。
美しい幻想的な描写から、
迫力ある劇的描写まで幅広く起伏のある表現で、
劇的ロマン派オペラ好きにはたまらないと思います。
印象派的描写もあり、それが作品に更に深みを持たせています。

それと重要なのは、ラトヴィア民話を題材にしている上に、
メロディが主にラトビア民謡の要素を取り入れている様で、
その民謡的な鄙びたメロディが印象的で、退屈さを感じない。
紛れも無く、ラトビア国民オペラの傑作と言えると思います。

話の内容はCDの解説書に出ているのですが、
翻訳が面倒なのでしません。
取り敢えず『ヴィルカチー』について調べてみると、
ラトヴィア語の主格では『ヴィルカツィス』(Vilkacis)と呼び、
元は『狼の目』を意味するが、
民話や伝承に登場する狼人間(所謂狼男)を差す。
『ヴィルカティス』(Vilkatis)『ヴィルカテクス』(Vilkateks)等とも呼ぶ。
リトアニアでは『ヴィルカタス』(Vilkatas)
『ヴィルコラキス』(Vilkolakis)等と呼ばれ、
恐ろしい怪物とされるが、
たまに気に入った人間には自分の溜め込んでいる宝物を
分け与えてくれるともされる。
Vilkacis - Wikipedia Latviešu
「キャー!!」という絶叫が出てきたりするので、
どんな内容なのか知りたいところ。
暇な時にでも翻訳するかな(でも、暇がありません)。

CD購入はこちら
Amazon
Heiress of Vilkaci - Amazon
HMV
歌劇『ヴィルカチーの女相続人』 - HMV
Tower Records
Bruno Skulte: The Heiress of Vilkaci - Tower Records

NAXOSの音楽配信サイトで聴く
スクルテ:歌劇「ヴィルカチーの女相続人」 - ナクソス・ミュージック・ライブラリー

Bruno Skulte, TROY944 45.jpg

ヴィルカチーの女相続人(The Heiress of Vilkači)
演奏:ラトヴィア国立歌劇場管弦楽団&合唱団
(Latvijas Nacionālās Operas koŗis un orķestris)
指揮:アンドレイス・ヤンソンス(Andrejs Jansons)
マルタ(Maruta):アンジェッラ・ゴーバ(Andžella Goba)
ディエゥロズィンシュ(Dievlodziņš):アルマンツ・スィリンシュ(Armands Siliņš)
ライツ(Raits):グンタルス・ルンヂス(Guntars Ruņģis)

【TROY944/45】2007



【追記】2017/3/6
画像1枚追加
『ヴィルカチーの女相続人』の画像差し替え
削除された頁のリンクの削除
リンクの貼り直し

《転載終了》

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2017年01月29日

オーストラリアのクラシック音楽の作曲家特集!!

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12241042677.html
2017年1月24日

《転載開始》

クラシック音楽の記事は久々です。

前回クラシック音楽の記事を書いたのは、昨年の9月21日です。

まあこの後、フィンランド・エストニア旅行に行き、
そのブログ旅行記も内容が厖大でしたし、更に、
オリジナル作品を制作する意欲も非常に湧いたため、
人の作品の紹介記事が大幅に減ったからというのもあります。

さて今回は、オーストラリアのクラシック音楽のご紹介となります。

“オーストリア”ではございません!!

“オーストリア”です!!

通常、全く知られていませんよね?

そんなわけで、いってみましょう!!

Alfred Hill 8_570491.jpg
ヒル:弦楽四重奏曲集 1 - 第1番 - 第3番 - ナクソス・ミュージック・ライブラリー

アルフレッド・ヒル(1869-1960)
Alfred Hill

1869年12月16日、メルボルン生まれの、
オーストラリア、ニュージーランドの作曲家、指揮者、音楽教師。

幼少時の大半を、ニュージーランドで過ごす。

1887〜1891年まで、ライプツィヒ音楽院で、
グスタフ・シュレック(Gustav Schreck)、ハンス・ズィット(Hans Sitt)、
オスカー・パウル(Oscar Paul)に学ぶ。

その後、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)で、第二ヴァイオリン奏者を務める。
その時、ブラームス、グリーグ、チャイコフスキー、ブルッフ、ライネッケなどが、
指揮者を務めていた。

ドイツで書かれた作品の幾つかはその地で演奏され、出版された。

ニュージーランドに戻ると、
ウェリントン交響楽協会(Wellington Orchestral Society)の監督を務める。
また、ヴァイオリン教師、独奏者、室内楽奏者、合唱指揮者なども務める。

ニュージーランド音楽院(New Zealand Conservatorium of Music)
(訳者注:「ニュージーランド音楽学校」(New Zealand School of Music)
の前身か?)や、ロトルア(Rotorua)の
マオリ研究財団(The foundation of an institute of Māori)で活躍。
(訳者注:「ニュージーランド・マオリ美術工芸研究所」
(New Zealand Māori Arts and Crafts Institute)の前身か?)

この期間、マオリの主題による最初の弦楽四重奏曲を完成させる。
同曲は第一次世界大戦の前後、
アメリカのゾールナー弦楽四重奏団(Zoellner Quartet)の定番曲となる。

1901年1月1日、オーストラリア連邦(Federation of Australia)の行事の一環として、
1万人の聖歌隊と10もの吹奏楽団による演奏を実施する。

1911年、シドニーに定住後、
オーストラル交響楽大学(Austral Orchestral College)の校長と、
オーストラル弦楽四重奏団(Austral String Quartet)のヴィオラ奏者を務める。

1913年、オーストラリアにオペラを根付かせるために、
フリッツ・ハート(Fritz Hart)と共に、
オーストラリア・オペラ・リーグ(Australian Opera League)を立ち上げる。

シドニー・レパートリー劇場協会(Sydney Repertory Theatre Society)や、
ニューサウスウェールズ音楽協会(Musical Association of New South Wales)
の財団理事会を創設する。

1915〜1916年、NSW州立音楽院(NSW State Conservatorium of Music)
(訳者注:「シドニー音楽院」の前身)を設立し、
その最初の音楽理論と作曲の教授となる。

1932年、オーストラリア放送委員会(Australian Broadcasting Commission)
を結成する。

1947年、オーストラリア作曲家協会(Composers' Society of Australia)
の会長に就任する。

1953年、大英帝国勲章(Order of the British Empire)を、
1960年、聖マイケル・聖ジョージ勲章(Order of St Michael and St George)
を授与される。

1959年、90歳の生誕を祝う祝賀演奏会が、
ヘンリー・クリップス(Henry Krips)の指揮、
シドニー交響楽団(Sydney Symphony Orchestra)の演奏で行われる。

1960年10月20日、90歳で死去する。

【主な作品】
・交響曲第1番 変ロ短調「マオリ」(1896-1900?, 1901?)
Symphony No. 1 in B flat minor, "Maori"
・交響曲第3番 ロ短調「オーストラリア」
Symphony No. 3 in B minor, "Australia"
・交響曲第4番「幸福の追求」
(※同名の映画が「幸せのちから」と訳されている)
Symphony No. 4, "The Pursuit of Happiness"
・交響曲第5番「謝肉祭」
Symphony No. 5, "Carnival"
・交響曲第6番「ゲール風」
Symphony No. 6, "Gaelic"
・交響曲第7番「月の黄金の角」
Symphony No. 7, "The Moon's Golden Horn"
(※交響曲は全13曲)
・ピアノ協奏曲 イ長調(1941)
Piano Concerto in A major
・弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調 「マオリ」(1896)
String Quartet No.1 in B flat major, "Maori"
・弦楽四重奏曲第2番 ト長調「マオリの伝説より、4つの情景」
String Quartet No.2 in G minor, "A Maori Legend in 4 Scenes"
(※弦楽四重奏曲は全17曲)
・歌劇「タプ」(1913)
Opera "Tapu"
・歌劇「テオラ」(1913)
Opera "Teora"
・カンタータ「ヒネモア」
Hinemoa, cantata
Alfred Hill (composer) - Wikipedia English

交響曲第1番 変ロ短調「マオリ」
https://www.youtube.com/watch?v=Be683kKfeOA


交響曲第3番 ロ短調「オーストラリア」より、第3楽章
https://www.youtube.com/watch?v=aZDlCsyJtGI


弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調「マオリ」より、第1楽章
https://www.youtube.com/watch?v=BbyX_5mwwME


この作曲家は知らなかったのですけど、調べてみたところ、
マルコ・ポーロやナクソスから幾つもCDが出ている様です。

Hyperionの「ロマン派の知られざるピアノ協奏曲シリーズ」
からもピアノ協奏曲が出ています。

でも、幾つか聴いてみた感想ですけど、
マオリの民族的な響きというものを余り感じず、
お行儀の良い穏健なロマン派という感じで、
聊か物足りなさを感じます。

オーストラリアがクラシック音楽の世界にとって辺境の地だから、
クラシック音楽愛好家から軽視されているから?
という以前の問題です。

ここに貼った交響曲第3番「オーストラリア」は、
多少は異国情緒を感じさせますが。

ロマン派の作品として聴く分には申し分無いと思うのですが、
表題に「マオリ」とか出ていると、それなりに期待してしまい、
実際に聴いてみてそれほどでもないなとガッカリします。

でも、アルフレッド・ヒルの経歴を訳してみたのですけど、
凄いですね!!

オーストラリアの音楽の基礎を築いたと言って良いのかも知れません。

更に、日本では知られていないと思われる組織が数多く出ていたので、
それを日本語訳するのに苦労しました。

「Federation of Australia」なんかは、
対日本語訳がどこにも出ていません。

「オーストラリア連邦」と訳しましたが、
「Commonwealth of Australia」が通常そう訳されているのです。

因みに、マオリの歌として有名と思われるものに、
「ポカレカレ・アナ」(Pokarekare Ana)
というラヴソングがあります。
(歌:グウィル・ゴーベス Gwyl Gobaith)
https://www.youtube.com/watch?v=4DsfVXh-H3w


ニュージーランドに伝わる民謡を元に、
マオリの作曲家、パライレ・トモアナ(Paraire Tomoana)が、
1917年に作曲したのだそうですけど、今年で丁度100年ですね。
ポカレカレ・アナ Pokarekare Ana - 世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM

【主な作品】の項目に出てくる
「タプ」(Tapu)
が一体何なのか気になり調べてみた所、
ポリネシアの伝統的概念で、
神聖不可侵な規則、禁止、禁忌の事を指すそうです。
「カプ」(Kapu)とも言うそうです。

「タブー」(Taboo)という言葉がありますけど、この言葉の語源が、
実は「タプ」なんだそうで、知りませんでした。
Tapu (Polynesian culture) - Wikipedia English

南国の刺青文化は、それと密接に関わっている様ですね。
世界のトライバルタトゥーの歴史と紹介C - タトゥーナビ

同じく
「テオラ」(Teora)
について調べてみたところ、
「生命」「人生」を意味するポリネシア語だとのこと。
ハナウマ テオラ リング 6mm ポリネシアンジュエリー [NUIHERE/ヌイヘレ]

「ヒネモア」(Hinemoa)
についても調べてみました。
ニュージーランド北部の湖「ロトルア湖」(Lake Rotorua)にまつわる、
「マオリ族の最も有名な伝説のひとつ」で、
「湖岸の長の娘ヒネモアが
モコイア島(Mokoia Island)に住む
恋人のツタネカイ(トゥタネカイ, Tutanekai)のもとへ
湖を泳ぎ渡ったと言われる、有名な恋愛物語」
(Wikipedia)だそうです。
ロトルア湖 - Wikipedia

というわけで、
本当は「オーストラリアのクラシック音楽特集」の筈だったのですが、
アルフレッド・ヒルの分だけでもかなりの分量となった上に、
近々参加する様々なイベントの準備のために、
その方面へエネルギーを注がなくてはならなくなりました。

なので、以下の作曲家については、
名前とYouTubeの音声を貼るだけに留めます。

後日、詳細に紹介できれば良いなと思います。

ミリアム・ハイド(1913-2005)
Miriam Hyde
ケルソー序曲(1959)
Kelso Overture
https://www.youtube.com/watch?v=7gYUBMUM3_s


エレナ・カッツ=チェルニン(1957-)
Elena Kats-Chernin
ピアノ協奏曲第2番
Piano Concerto No. 2
http://www.youtube.com/watch?v=bUQyVuon9yo


《転載終了》
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