2016年08月24日

ミコラ・リセンコ(Микола Віталійович Лисенко)ウクライナの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10591197060.html
2010年7月15日

《転載開始》

ミコラ(ムィコラ)・ヴィタリヨヴィチュ・リセンコ(ルィセンコ)1842-1912
(Микола Віталійович Лисенко)

ウクライナ民族楽派の作曲家、ピアニスト、指揮者、教師、民謡収集家。
フリニキ(Гриньки)生まれ
農民詩人タラース・シェウチェーンコ(シェフチェンコ)
(Тарас Григорович Шевченко)の影響を受け、
ウクライナ民謡に強く興味を抱く。
ハルキウ(ハリコフ)大学(Харківський університет)
では最初自然科学を学んでいて、
本格的に音楽を学んでいたわけでは無かったが、
後にライプツィヒ音楽院で本格的に音楽を学ぶようになる。
サンクトペテルブルクでリムスキー=コルサコフに管弦楽技法も学ぶ。
クィーイィウ(キエフ)(Київ)没

【代表作】
・歌劇『ナタルカ・ポルタウカ』
Опера ≪Наталка Полтавка≫ (1889)
・歌劇『タラス・ブーリバ』
Опера ≪Тарас Бульба≫ (1880-1890)
・幻想曲『ウクライナコサックのシュムカ』(管弦楽)
Фантазія ≪Український козак-шумка≫ (1872)

Лисенко Микола Віталійович - Wikipedia, Українська

Микола Лисенко 1.jpg

歌劇『タラス・ブーリバ』(1880-1890)より序曲
Увертюра ≪Тарас Бульба≫
演奏:キエフ国立歌劇場管弦楽団
指揮:コンスタンチン・シメオノフ(Константин Симеонов)
演奏年:1972
http://www.youtube.com/watch?v=KdPQR25nnKs


YouTubeで、これまた良い作曲家を発見してしまいました。
”ロシア”ではなく、”ウクライナ”の作曲家です。
まあ、ウクライナとロシアの区別が付く日本人というのも
>余りいないと思いますが。
かくいう私もそうです。
ウクライナとベラルーシってどう違う?と聞かれても、
イメージ的に似たものを感じるので、私も答えられない。

YouTubeで、彼の代表作と思われる
歌劇『タラス・ブーリバ』の序曲その他を聴いてみましたが、
ロシア国民楽派的な響きの巧みな劇的描写が、
名曲と呼んで差し支え無いと思います。
特に、ヒーローサウンドっぽい勇壮な雰囲気がとても気に入りました。
扱った題材からして、ウクライナ出身の小説家
ゴーゴリ(ホーホリ)(Микола Васильович Гоголь)
によるコサックを描いた小説でもあり、
ウクライナ語によるオペラでもあるようなので、
紛れも無くウクライナ民族主義を代表するオペラであろうと思います。
只、ウクライナ民謡に詳しいわけではないので、
ウクライナ民謡とロシア民謡の区別がイマイチ付かないんですけど、
Wikipediaによると、彼は音楽の世界に於ける
ウクライナ民族主義推進者であり、
ウクライナ民謡に基づいて作曲しているとの事なので、
ウクライナ民俗音楽がベースで間違いないと思われます。>

『ロシア国民楽派』と言っても、
ロシア民謡だけを扱っているわけではなく、
例えばボロディンの曲なんかを聴いていると、
アジア系とかグルジア系等もカバーしている感じで、
境界が曖昧だったりします。
チャイコフスキーの交響曲第2番『小ロシア』は
ウクライナ民謡を用いていますが、
リセンコのWikipedia英語版では、
チャイコフスキーはリセンコの『タラス・ブーリバ』に
感銘を受けたとあります。

因みに、リセンコのCDが存在するのかどうか確認したところ、
ちゃんとありました。

Микола Лисенко RRCD 272.jpg
Микола Лисенко. Кращі твори. // www.UMKA.com.ua
Rostok Records【RRCD 272】2002年
АртВертеп - Найбільший on-line центр сучасної культури України

Микола Лисенко CD.jpg
Опера "Тарас Бульба" - Фонотека @ EX.UA
М. Лисенко. "Тарас Бульба", опера в 4-х діях. (2CD). // www.UMKA.com.ua

『タラス・ブーリバ』もCD化されています。
しかし、AmazonやHMV、
タワレコ等の販売サイトでは扱っていないようで、
手に入れるのは容易ではないようです。
ネーメ・ヤルヴィ辺りがリセンコの管弦楽曲集CDでも出せば、
カリンニコフみたいにブレイクする可能性はあると思うんですけど。
『タラス・ブリーバ』は、
如何にもメロディヤ(Мелодия)辺りから出ていても、
おかしくはない曲ではあるけど、
ロシアとウクライナとの間に確執があるからなのか、
それとも単に目に入って無いだけなのか?

『タラス・ブーリバ』と言えば、モラヴィア出身の
レオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček)
による
交響的狂詩曲『タラス・ブーリバ』
Taras Bulba, rapsodie pro orchestr(1915-1918)
や、リセンコと同じウクライナ出身の
レインゴリト・グリエール
(レーインホリト・モリツォーヴィチュ・フリイェール)
(Рейнгольд Моріцович Глієр)
による
バレー音楽『タラス・ブーリバ』
Балет ≪Тарас Бульба≫ (1951-1952)
がよく知られています。
『タラス・ブーリバ』に初めて曲を付けたのがリセンコなので、
その意味でもリセンコに注目が集まる事を望んでいます。

【訂正とお詫び】
ミコラ・リセンコよりも先輩の作曲家
セメン・ステパーノヴィチュ・フラーク・アルテモウシクィイ
Семен Степанович Гулак-Артемовський(1813-1873)
の存在を確認。
民族主義的な作品を書いているので、
ミコラ・リセンコが「ウクライナ国民楽派の祖」というのは
間違いのようです。
ここにお詫びして訂正します。

【追記】2016/8/23
現在、歌劇『タラス・ブーリバ』の抜粋CDが日本で販売中。

Микола Лисенко MELCD1001800.jpg
ミコラ・リセンコ
歌劇『タラス・ブーリバ』(抜粋)
Опера ≪Тарас Бульба≫
演奏:ウクライナ国立歌劇場(キエフ・オペラ)合唱団&管弦楽団
指揮:コンスタンチン・シメオノフ(Константин Симеонов)
演奏年:1972
【MELCD1001800】

《転載終了》
タグ:ウクライナ
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2016年08月21日

交響的幻想曲『ウクライナコサックのシュムカ』 - ミコラ・リセンコ(2)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10593641635.html
2010年7月18日

《転載開始》


交響的幻想曲『ウクライナコサックのシュムカ』(1872)
Фантазія ≪Український Козак-Шумка≫
ミコラ・リセンコ(ムィコラ・ルィセンコ)(1842-1912)
Микола Лисенко(Mykola Lysenko)
指揮:スヴャトスラウ・リトヴィネンコ(Святослав Литвиненко)
演奏:ウクライナ国立放送交響楽団(НРКУ)
(Заслужений академічний симфонічний
оркестр Національної радіокомпанії України)
https://www.youtube.com/watch?v=3tpYFpG-fLg

Микола Лисенко 2.jpg
Лисенко Микола Віталійович - Wikipedia Українська

地元以外では殆ど注目されていないと思われる
ウクライナ民族楽派を代表する作曲家ですが、
まさかYouTubeに出ているとは。
Wikipediaでその存在を知り、とても気になっていた曲だったんで。
まあでも、上げられてそんなに日数は経過していませんが。
出だしの部分を聴いていると、
スメタナの歌劇『売られた花嫁』序曲を思い出してしまいます。
民族色豊かでとても陽気な曲ですね。
無名にしておくのは勿体無い。

この曲が作曲された1872年は、
チャイコフスキー
Пётр Ильич Чайковский
が、ウクライナ民謡を基に
交響曲第2番『小ロシア』
Симфония 2 ≪Малороссийская≫
を作曲しています。

ウクライナ民族楽派的な管弦楽曲の最も早い作例は、
ダルゴムィシスキー
Александр Сергеевич Даргомыжский

『小ロシアのカザチョーク』(ウクライナのコサックダンス)1864
Фантазия ≪Малороссийский казачок≫
と思われます。

リセンコのWikipediaウクライナ語版によれば、
メヌエットとアダージョ(1869)
(“ああ コサックが酒を飲んでいる” の主題による序曲)
Менует і Адажіо, Увертюра на тему ≪Ой запив козак, запив≫
も紹介されています。
この曲が、リセンコの私の知る限りの最も早く書かれた管弦楽曲です。
同年には交響曲も書いているらしいので、
どんな曲なのか聴いてみたいところ。

【訂正とお詫び】
ミコラ・リセンコよりも先輩の作曲家
セメン・ステパーノヴィチ・フラーク・アルテモウシクィイ
Семен Степанович Гулак-Артемовський(1813-1873)
の存在を確認。


民族主義的な作品を書いているので、
ミコラ・リセンコが「ウクライナ国民楽派の祖」
というのは間違いのようです。
ここにお詫びして訂正します。

【追記】2016/8/18
肖像写真追加。
≪Ой запив козак, запив≫の翻訳題追加。
その他、記事を内容を変えない程度に修正。

《転載終了》
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2016年04月06日

セメン・アルテモウシクィイ(Семен Артемовський)ウクライナの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11156840700.html
2012年2月22日

《転載開始》

セメン・ステパーノヴィチ・フラーク・アルテモウシクィイ
(ウクライナ語読み)
Семен Степанович Гулак-Артемовський
セミョーン・スチェパーノヴィチ・グラーク・アルチェモーフスキー
(ロシア語読み)
Семён Степанович Гулак-Артемовский

Семен Артемовський.jpg

ウクライナで初めて歌劇を書いた作曲家、バリトン歌手、劇作家。

1813年、ウクライナのホロディーシチェ(Городище)に生まれる。
少年時代、クィーイィウ(Київ=キエフ)の神学校で学んだ後、
1830年に聖ムィハイール黄金ドーム修道院
(Свято-Михайлівський Золотоверхий монастир)に入り、
聖ソフィア大聖堂聖歌隊員となる。

才能を見出された彼は、1938年にサンクト・ペテルブルクへ行くように薦められ、
その地で、ミハイル・グリンカ(Михаил Иванович Глинка)に学ぶ。
その後、パリ、イタリアなどに留学。
1841年、フィレンツェでのオペラ発表によって音楽家としてデビューを果たす。
1842年にサンクト・ぺテルブルクへ戻り、
ボリショイ・カーメンヌイ劇場(Большой Каменный театр)で22年間活動した後、
モスクワのボリショイ劇場(Большой театр)で活動する。

1863年5月25日に初演された
歌劇『ドナウ川のザポロージャ・コサック』(Опера ≪Запорожець за Дунаєм≫)
は、大きな人気を博し、ウクライナ語を用いたオペラの古典となった。
1873年、モスクワに没す。

彼は、ウクライナの民俗音楽を用いたり、ウクライナ語を用いた声楽曲を書くなど、
ウクライナのクラシック音楽の発展に貢献し、
ウクライナ文学の祖、タラース・シェウチェーンコ(Тарас Григорович Шевченко)
とは、1838年に出逢ってから生涯の友情で結ばれていた。

(以上、Wikipediaからの情報を元にした概要)

Семен Степанович Гулак-Артемовський - Wikipedia, Українська

1813年と言えば、19世紀ロマン派音楽の巨頭、
リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner)や
ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)の生年ですけど、
実は、或る国民楽派に於ける重要な作曲家も生まれています。
それは、初のウクライナオペラを書いた、アルテモウスキーです!!
(注:煩わしさ回避のため、
便宜上『アルテモウシクィイ』を『アルテモウスキー』に変更。)

以前、「ウクライナ国民楽派の祖はミコラ・リセンコ(ムイコラ・ルイセンコ)」
であると書いてしまいましたが、本当のウクライナ国民楽派の祖は、
アルテモウスキーではないかと思われます。
ですので、過去の誤った書き込みは書き直しました。
ここにお詫び申し上げます。

チェコ国民楽派に譬えるなら、
スメタナ=アルテモウスキー
ドヴォジャーク(ドボルザーク)=ルイセンコ
といった感じですね。

どうやって彼の存在を知ったのかというと、
YouTubeに彼の曲が上げられていたんですね。
しかも、もろ、ウクライナ国民楽派の曲であると分かる曲でした。

下にその曲を示しましたが、ヨスィフ・イヴァノヴィチ(Iosif Ivanovici)の
『ドナウ川のさざなみ』(Valurile Dunării)に何処と無く似ています。
まあ、実際にドナウが関わっている内容ですから。
1860年代という時代を考えれば、
国民楽派の曲としては低くない完成度だと思うし、
立ち位置的に非常に重要な作曲家であるという事も考えると、
殆ど無名というのはとても勿体無い存在だと思います。

恐らくは、地元ではそれなりに知名度はあるのかも知れませんが、
つい最近まで私は知らなかったので、
世界的には無名なのは間違いないと思います。
まず、CDの存在を調べてみたのですが、よく分かりませんでした。
が、歌劇『ドナウ川のザポロージャコサック』
が1953年に映画化されており、
そのポスターではないかと思われる画像や、
DVDの存在は確認しました。
また、画像検索では、
同オペラを撮影したものと思われる画像等が幾つも出てきたので、
今でも上演はされているようです。

歌劇『ドナウ川のザポロージャ・コサック』(1863)
Опера ≪Запорожець за Дунаєм≫
より、
『ウクライナ舞曲』 (Українські танці)
http://www.youtube.com/watch?v=weYbo5I2g6Q




【追記】
ザポロージェ・コサック → ザポロージャ・コサック
「ザポロージェ」(Запорожье)はロシア語だそうで、
ウクライナ語では「ザポロージャ」「ザポロッジャ」(Запорожжя)
あるいは「ザポリージャ」「ザポリッジャ」(Запорiжжя)だそうです。
「早瀬」を意味するそうなので、「ザポロージャ・コサック」というのはつまり、
「早瀬の地のコサック」という意味になるのでしょう。
ザポロージャ - Wikipedia

アルテモウスィクィイ → アルテモウシクィイ
軟音記号により軟音化するので「スィ」ではなく「シ」。

《転載終了》
タグ:ウクライナ
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