2015年09月07日

カレル・ベンドル(Karel Bendl)チェコの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11558913693.html
2013年7月4日

《転載開始》

Karel Bendl(Jan Vilímek).JPG


※画像はWikipediaより拝借(ヤン・ヴィリーメク Jan Vilímek による肖像画)

チェコの作曲家、指揮者。
1838年、プラハ(Praha)生まれ。

1861年、歌曲『鳩が飛ぶ』(Poletuje holubice)が賞を獲得し、
地元の合唱団の間で人気となる。

1863年、芸術家協会(Umělecká beseda)の設立に参画し、音楽の分野を担当。

1864年、ボヘミアを離れ、ブリュッセル、アムステルダム、パリへ赴く。

1865年、プラハへ戻ると、フラホル合唱団(響きの合唱団)(Pěvecký sbor Hlahol)
の指揮者の地位を、ベドジフ・スメタナ(Bedřich Smetana)より引き継ぐ。

1874-1875年、仮劇場(Prozatimní divadlo)の次席指揮者を務める。

1878年まで、聖ミクラーシュ教会(Katedrála svatého Mikuláše)の指揮者を務める。

アントニーン・レオポルト・ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)(ドボルザーク)
(Antonín Leopold Dvořák)
の渡米の際、プラハ音楽院(Pražská konzervatoř)の作曲科学科長の地位を彼から引き継ぐ。

1897年、プラハにて死去。

【主な管弦楽作品】(Orchestrální skladby)
・タランテッラ(1881)
Tarantella
・南スラヴ狂詩曲(1881)
Jihoslovanská rhapsodie pro velký orchestr
・国民劇場開場記念祝典行進曲(1881)
Slavnostní pochod k otevření Národního divadla
・ディテュランボス(1887)
Dithyramb

【主な歌曲】(Písně)
・ジプシー(ロマ)の調べ(詩:アドルフ・ヘイドゥク)(1881)
Cigánské melodie(Adolf Heyduk)
・糸杉(詩:グスタフ・プレガー・モラフスキー)(1882)
Cypřiše(Gustav Pfleger Moravský)
・ひばりの歌(詩:ヨゼフ・ヴァーツラフ・スラーデク)(1886)
Skřivánčí písně(Josef Václav Sládek)

【主な歌劇】(Opery)
・レイラ(台本:エリシュカ・クラースノホルスカー)(1866-1867, 上演:1868)
Lejla(Eliška Krásnohorská)
・ブジェチスラフ(台本:エリシュカ・クラースノホルスカー)(1869)
Břetislav(Eliška Krásnohorská)
・古い新郎(台本:カレル・サビナ)(1871)
Starý ženich(Karel Sabina)
・魔法の花(台本:エドゥアルト・リュッファー)(1876)
Čarovný květ(Eduard Rüffer)

※Wikipediaドイツ語版、チェコ語版などを参照。
Karel Bendl - Wikipedia Čeština

南スラヴ狂詩曲
演奏:プルゼニ放送管弦楽団(Plzeňský rozhlasový orchestr)
指揮:ヨゼフ・ブラツキー(Josef Blacký)
http://www.youtube.com/watch?v=QVKoHc730O0


チェコのクラシック音楽と言えば、ドヴォジャークやスメタナが有名です。

知られざる作曲家を求めている私は、そのせいだと思いますが、
チェコのクラシック音楽には余り目を向けていませんでした。
(ハンガリーのクラシック音楽も同様)

ですが、かなりマイナーなチェコの作曲家が色々と存在している事に気付き、
チェコのマイナー系作曲家も取り上げる事にしました。

チェコのマイナー系作曲家には、ヴィーチェスラフ・ノヴァーク(Vítězslav Novák)、
ヨゼフ・ボフスラフ・フェルステル(Josef Bohuslav Foerster)、
ズデニェク・フィビフ(Zdeněk Fibich)、ヨゼフ・スク(Josef Suk)など、
微妙な知名度の作曲家がいますが、今回は、
それらよりも更に知名度が低いと思われる作曲家の紹介をします。

ベンドルは、オルガン学校の学生時代にドヴォジャークと知り合い、
生涯を通して篤い友情で結ばれます。

裕福な家の出身であったため、
経済的に苦しかったドヴォジャークを色々と援助したそうです。

因みに、ドヴォジャークの出世作である、
賛歌『白山の後継者たち』(Hymnus “Dědicové Bílé hory” op.30, 1872)
の初演(1873年3月9日)は、カレル・ベンドルの指揮で行われました。

有名な作曲家の関係者と言う理由で、
多少名が知られるというケースは少なくないですが
(例:グリーグの親友、ヨハン・スヴェンセン、など)、
ベンドルの場合もそんな感じではないかと思います。



◎『南スラヴ狂詩曲』についてのレビュー
前半はゆったりしたテンポで落ち着いた雰囲気ですが、
後半に差し掛かるに従い、徐々に盛り上がっていき、
最後はお祭り騒ぎの様な喧騒に包まれながら曲を閉じます。

この曲の書かれる少し前の1878年に、
ドヴォジャークが3つの『スラヴ狂詩曲』(Slovanské rapsodie)を書いていますが、
個人的な感想を言えば、『スラヴ舞曲集』が多少発展した様な
感じだなと思っていました。

「狂詩曲」と言えば、もっと技巧性が高く複雑であるという“偏見”が、
私の中にあります。
なので、狂詩曲というにはちょっと違うなという印象を感じていたのですけど、
ベンドルの『南スラヴ狂詩曲』は、そんな贅沢な感性の私を満足させるものでした。
(偉そうな事書いてすいません)

ドヴォジャークは、実は、1874年に
交響詩『狂詩曲』イ短調(Symfonická báseň Rhapsodie a moll, op.14)
という管弦楽作品を書いているのですが、
内容の濃さなどは、多少それに近いものを感じました。

オーケストレーションも、ドヴォジャークの色彩とはちょっと異なるものを感じました。
ちょっと、ロシア的な響き?

完成度が高く、聴き応えがとてもあると思いました。
ドヴォジャークの『スラヴ舞曲』や『スラヴ狂詩曲』が好きという方は、
お聴きになられる事をお薦めします!!

曲が終ると、解説の言葉が出てきますが、
恐らく、ラジオ放送を録音したのかも知れません。



◎音盤化状況
『ジプシーの調べ』がオムニバス収録
Gypsy Melodies【SU3813】
Gypsy Melodies - Tower Records
“ジプシーの調べ" [Import] (GYPSY MELODIES) - Amazon
Gypsy Melodies-brahms, Dvorak, Novak, Bendl: Janal(Br) - HMV



因みに、1912年10月11日に、オーストリアの天文台で、
ヨハン・パリサ(Johann Palisa)によって発見された「ベンダ」(734 Benda)
という小惑星は、ベンドルの名に因んでいるという。
ベンダ (小惑星)(Wikipedia)



【追記】
「Poletuje holubice」の日本語訳には余り自信がありません。
間違っている可能性も無くは無いので、ご了承ください。

「Josef」のチェコ語の発音は、「ヨゼフ」という風に、
「s」の発音が例外的に「z」となる様です。

《転載終了》
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2015年08月21日

カレル・コヴァジョヴィツ(Karel Kovařovic)チェコの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11558933756.html
2013年9月12日

《転載開始》

Karel Kovařovic.jpg


1862年、プラハ生まれの指揮者、作曲家。
1873〜1879年にかけて、クラリネットとハープとピアノを、
プラハ音楽院(Pražská konzervatoř)で学ぶ。

ズデニェク・フィビフ(Zdeněk Fibich)に作曲を師事する。

卒業後、ハープ奏者として出発。

1881年、ヴァイオリニストの、フランチシェク・オンドジーチェク(František Ondříček)
を伴い、ポーランドとロシアを演奏旅行。

若干21歳で書いたオペラ『花婿』(Ženichové)が1884年に上演されたが、
レオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček)によって、
『フデブニー・リスティ』(Hudební listy)で酷評された。

その事が切っ掛けで決裂し、後年、ヤナーチェクが
オペラ『イェヌーファ』(Jenůfa)の上演を
プラハ国民劇場(Národní Divadlo)で望んだ時、
そのオペラ部門の責任者となっていたコヴァジョヴィツに、
上演を拒絶されてしまう。

後に仲介者を通して和解し、
1916年にコヴァジョヴィツの指揮によって、
『イェヌーファ』のプラハ初演が実現した。

1885年、ブルノ・チェコ劇場(Českého divadla v Brně)
(現:ブルノ国民劇場, Národní divadlo v Brně)の指揮者に着任する。

1886年、プルゼニ劇場(Divadla v Plzni)の指揮者に着任する。

1890年、プラハへ戻り、ピヴォダ声楽学校(Pivodově pěvecké škole)の教師に就任する。

1895年、プラハ・チェコ民族博覧会(Národopisná výstava českoslovanská v Praze 1895)
でのオーケストラの管理を担当する。

1898年、オペラ『犬の頭』(Psohlavci)がプラハで初演されると、大好評を博した。

1920年、プラハにて没する。

【歌劇】(Opery)
・花婿(Ženichové)1884年
・窓の旅(Cesta Oknem)1886年
・夜のシモンとユダ(Noc Šimona a Judy)1892年
・犬の頭(Psohlavci)1898年
・古いさらし場で(Na starém bĕlidle)1901年

【バレエ】(Balety)
・ハシシ(Hašiš)1884年
・幸福見つけた物語(Pohádka o nalezeném štestí)1889年
・小さな女王たち(Královničky)1889年
・7匹のカラス(Sedm havrani)1889年
・ザーレテフで(Na Záletech)1909年

【管弦楽曲】(Orchestrální tvorba)
ピアノ協奏曲へ短調(Koncert pro klavír a orchestr f moll op. 6)

【吹奏楽曲】(Dechová hudba)
・鉱夫のポルカ - 劇音楽『ブロウチェク氏の旅 - 月の展覧会』
作:スヴァトプルク・チェフ より
(Havířská polka ze scénické hudby Výlety pana Broučka z Měsíce na Výstavu)
(Svatopluk Čech)

【資料】
Karel Kovařovic - Wikipedia Čeština
http://members3.jcom.home.ne.jp/janacekjapan/aoki/06marriage.htm
http://program.rozhlas.cz/stanice/2012-10-20?st=26



カレル・ベンドルや、ヴィレーム・ブロデク(Vilém Blodek)、
スタニスラフ・スダ(スーダ)(Stanislav Suda)、
インドジフ・カーン(Jindřich Kàan)などと共に、
アントニーン・ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)や、
ベドジフ・スメタナの陰に隠れてしまっている、チェコの作曲家。

劇的なロマンティシズム溢れる曲調や、絶妙な表現の巧みさ、
楽想の豊かさなどが、中々聞き応えあると思うので、殆ど、
レオシュ・ヤナーチェクとの確執の逸話ばかりが知られる状況というのは、
改善された方が良いのではないか?と。



歌劇『犬の頭 - 序曲』(1898)
Psohlavci - předehra, opera
指揮:フランチシェク・ディク
František Dyk
演奏:チェコ(プラハ)放送交響楽団
Symfonický orchestr Českého rozhlasu
http://www.youtube.com/watch?v=_Q8KuczCd5Q




ピアノ協奏曲へ短調
Koncert pro klavír a orchestr f moll op. 6
http://www.youtube.com/watch?v=pHpOEeuyRiM




鉱夫のポルカ
Havířská polka
指揮:スタニスラフ・ホラーク
Stanislav Horák
演奏:シュコダ自動車(シュコダ・オート)吹奏楽団(ムラダー・ボレスラフ)
Podnikový dechový orchestr Škoda Auto Mladá Boleslav
http://www.youtube.com/watch?v=Cl2urVx17FE




●『犬の頭』(Psohlavci)について調べてみました
英語では「The Dogheads」と訳され、
「犬の頭」「犬頭人」と日本語訳されていますが、意味としては、
「犬の頭を旗印とするホツコ人」だそうです。

「ホツコ人」(Chodové)とは、南西ボヘミアの国境を守っていた、
俗に「犬頭」と呼ばれた民族=番人だそうです。
Chodové - Wikipedia English

プラハ市民会館の市長の間の柱の上部に、
アルフォンス・マリア・ムハ(ミュシャ)(Alfons Maria Mucha)
によって描かれたホツコ人の絵があります。
http://blog.goo.ne.jp/iide3/e/00105507ef5c2c0f0eb56864dbd3ec8a
http://blog.livedoor.jp/sweetafternoontea/archives/51440299.html

歴史小説家、アロイス・イラーセク(Alois Jirásek)が、
1695年に、ヤン・スラトキー・コジナ(Jan Sladký Kozina)によって、
プルゼニ(Plzeň)で起こされた農民反乱に基づいて劇を書いたが、
1897年に、コヴァジョヴィツがオペラ化。
(作曲が1897年で、初演が1898年という事?)
Jan Sladký Kozina - Wikipedia English
http://www7b.biglobe.ne.jp/~janacekjapan/pilzen.html

意味が分かってスッキリしました。

タイトルがタイトルなので、アヌビスの様な獣人でも出てくる話だったのか?と。
ケモナーにお薦めの話だったのか?と、勘違いしていました。

でも、ココには貼りませんでしたが、「Psohlavci」で画像検索すれば、
犬の頭部のマークが色々と出てきます。
中々カッコイイと思います。

やはり、映画にもなっているようです。
スヴァトプルク・インネマン(Svatopluk Innemann)によるもの(1931年)
http://cinema.theiapolis.com/movie-2NB0/psohlavci/
マルチン・フリッチュ(Martin Frič)によるもの(1955年)
http://filmovy.sk/film/11042-psohlavci-digipack-fe/
を確認(下の画像は、フリッチュ版のもの)。
Psohlavci film 1955.jpg




●音盤(CD)化について
代表作である『犬頭』はCD化されていますが、
他にもオムニバスの収録CDを幾つか確認しております。

Karel Kovařovic Psohlavci 1898.jpg

犬の頭を旗印とするホツコ人
Psohlavci - The Dogheads
指揮:フランチシェク・ディク
František Dyk
演奏:チェコ(プラハ)放送交響楽団
Symfonický orchestr Českého rozhlasu
Kovarovic: The Dog Heads - HMV



チェコ音楽の小さな宝石
Famous Czech Miniatures
指揮:ヴァーツラフ・スメターチェク
Václav Smetáček
演奏:プラハ交響楽団
Symfonický orchestr hlavního města Prahy FOK
Famous Czech Miniatures / Smetacek, Prague SO - Tower Records
収録:鉱夫のポルカ



プラハのガラコンサート
Gala Concert from Prague
指揮:ヴァーツラフ・ノイマン(Václav Neumann)
演奏:チェコフィルハーモニー管弦楽団(Česká filharmonie)
Gala Concert from Prague / Neumann, Czech Philharmonic - Tower Records
収録:鉱夫のポルカ

《転載終了》
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2015年07月19日

インドジフ・カーン(Jindřich Kàan)チェコの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11648414945.html
2013年10月23日

《転載開始》

Jindřich Kàan z Albestů.jpg


《フルネーム》
インドジフ・カーン・ズ・アルベストゥー
Jindřich Kàan z Albestů

チェコの作曲家、音楽教師。
1852年5月29日、タルノーポリ(Tarnopol)生まれ(当時はオーストリア領)
現在:ウクライナのテルノーピリ(Тернопіль)

ハンガリー貴族の血を引いている。

プラハ音楽院(Pražská konzervatoř)で、ヴィレーム・ブロデク(Vilém Blodek)に学ぶ。

1873年、
フランチシェク・ズデニェク・スクヘルスキー(František Zdeněk Skuherský)
の運営する、プラハオルガン学校(Varhanická škola v Praze)で、
理論と実践を学び、作曲を始める。

1876年から8年間、
ラーニ城(Zámek Lány)のフュルステンベルク家(Fürstenberg)で音楽の家庭教師を行い、
また、ピアノの演奏会に、オーストリアのルドルフ皇太子も鑑賞に訪れるなど、
貴族界からの好評を得る。

1884年、プラハのミェシュチャンスカー・ベセダ(Měšťanská beseda)
で演奏会を開催し、好評を博す。

1889年、プラハ音楽院のピアノの教授に就任。

1901年、室内楽の教師となる。

カレル・ホフマイスター(Karel Hoffmeister)は、カーンからピアノを学んでいる。

1907年、カレル・クニットル(Karel Knittl)の死去により、
プラハ音楽院の音楽監督の地位を引き継ぐ。

1909年、通常授業に加えて、上級クラスを設けるが、
オーストリア財務省の圧力により閉鎖。
また、その厳格さのために反感を多く受けたため、
1918年のチェコスロヴァキア独立の後、音楽監督を辞任する。

1926年3月7日、ロウドナー(Roudná)にて没する。

【主な作品】
・歌劇『難民』
Der Flüchtling - oper
・歌劇『ジェルミナール』
Gérminal - opéra
・バレエ音楽『バヤヤ』(1897)
Bajaja - balet
・バレエ音楽『オリム』(1904)
Olim - balet
・交響詩『シャクンタラー』
Šakuntalá(Śakuntalā) - symfonická báseň
・ピアノ協奏曲
Klavírní koncert(Koncert pro klavír a orchestr)
その他、室内楽、声楽曲、チェコ伝承曲のピアノアレンジなど

【資料】
Jindřich Kàan z Albestů - Wikipedia Čeština
http://www.musiklexikon.ac.at/ml/musik_K/Kaan_Familie.xml

バレエ音楽『バヤヤ』より、マズルカ(Mazurka)
http://www.youtube.com/watch?v=f4KYn6Y3At4


9月12日に、YouTube内を適当に閲覧していたところ、
インドジフ・カーンのバレエ音楽『バヤヤ』が上げられているのを発見。
早速、Twitterで紹介。
https://twitter.com/OtsukaSatoru/status/378148611428589568

インドジフ・カーンそのものもこの時初めて知ったのですが、
「バヤヤとは何ぞや?」と思って調べてみると、チェコの民話(伝説)だそうですが、
チェコアニメ界の巨匠、イジー・トルンカ(Jiří Trnka)が、
1950年に、『バヤヤ』の長編の人形アニメーションを制作している事を知る。

トルンカの名前はずっと以前から知っていましたが、
チェコのアートアニメは「メジャー」というイメージを抱いていたため、
余り積極的に目を向けていませんでした。
アニメーション史等の文献で「バヤヤ」の名前は目にしている筈ですけど、
多分憶えられなかったという事でしょう。

奇遇にも、それからそんなに日数が経っていないにもかかわらず、
吉祥寺バウスシアターで『Best of チェコアニメ映画祭』
が開催されるという事を知り、そのプログラムに『バヤヤ』も組まれていました。

これには驚きでした。

で、早速鑑賞しました。
タイミングが良すぎです。

BGMがオペラ調であるため、クラシック音楽好きの私はその意味でも愉しめました。

しかし残念なんですが、もう「バヤヤ」の上映プログラムは終了しております。
『Best of チェコアニメ映画祭』そのものは、11月まで続いており、
現在は、別プログラムが上映されています。
http://www.baustheater.com/joeichu.htm#c_anime

「バヤヤ」上映の初日に鑑賞し、この記事中に
「バヤヤはまだ○○日までやっておりますので、宜しければご覧下さい」
みたいな事を書けば良かったのかも知れませんけど、
その時は仕事その他で多忙だったため、無理でした。

これを書いている23日現在、
長編人形アニメ『チェコの古代伝説』(Staré pověsti české, 1952)
という、『バヤヤ』と並ぶトルンカの代表作が25日まで上映中。
これも見に行こうと思っています。



◎『バヤヤ』のお話(途中まで)
父と二人で暮らす貧しい青年バヤヤは、
ある夜、白馬が家の近くにいるのに気付く。

実はそれは、母の化身であった。

バヤヤは、母の化身である白馬に飛び乗り、旅をする事にした。

丁度その頃、お城では王様が、邪悪な龍に、
「おまえの一番大切なものを差し出せ」と脅されていた。

大事な3人の姫を差し出す様に脅された王様は、
塞ぎ込んでしまった。

バヤヤは、貧しい吟遊詩人に化けて宮廷に入り込むが、
姫が龍に差し出されようとする時に騎士の姿で現われ、龍を退治する。

助けられた姫たちは、騎士の姿のバヤヤに憧れるものの、
吟遊詩人姿のバヤヤが同じ人である事に気づかず、バカにし、
求婚を突っぱねてしまう・・・。

Bajaja 1950.jpg




身なりや身分で人を判断してはいけない教訓を感じる中々のお話でしたが、
母が何故白馬になったのか?
また、母の理不尽な最期も気になりました。
いつまでも親に頼ってはいけないという暗喩?



◎他の作曲家による『シャクンタラー』のクラシック音楽作品
「シャクンタラー」(शकुन्‍तला, Śakuntalā)とは、
インドの叙事詩『マハーバーラタ』(महाभारत, Mahābhārata)
に登場する女性の名前。
シャクンタラー(Wikipedia)

フランツ・シューベルト(Franz Schubert)が、
オペラ『シャクンタラー』(Sakuntala D.701)を、
1820年に書いているそうですが、
Wikipediaによると、2幕分のスケッチに留まっているそうです。
でも、何故か音源があります。
誰かがそのスケッチを元に、オーケストレーションでも施したのでしょうか?
http://ml.naxos.jp/work/254173

カール・ゴルトマルク(Karl Goldmark)が、
演奏会用序曲『シャクンタラー』(Sakuntala Ouvertüre, op.13)を、
1865年に書いています。

フレデリック・ディーリアス(Frederick Delius)が、
テノール独唱と管弦楽のための『シャクンタラー』
(Sakuntala for Tenor and Orchestra)を、
1889年に書いています。

フランコ・アルファーノ(Franco Alfano)が、
オペラ『シャクンタラー伝説』(La leggenda di Sakuntala)を、
1921年に書いています。

インドジフ・カーンの、交響詩『シャクンタラー』を是非とも聴いてみたいです。



◎コール・ミレニアム オーケストラ・ナデージダ合同特別演奏会
鑑賞記
去る、10月13日に行われた演奏会、とても愉しめました。

スターウォーズにでも使えそうな爆裂的な『アゼルバイジャン奇想曲』(アミロフ)は、
是非とも生で聴いてみたいと思っていました。

無名の『ギュリサーラ序曲』(グリエール)は、私的に今回の目玉でしたが、
内容の豊かさや迫力ある表現が、とても聴き応えアリでした。
若干長いと感じましたが、「退屈」という意味ではなく、深い、という意味で。

その一方、『ポーロヴェツ人の歌と踊り』(ボロディン)は、有名で定番ながら、
いつ聴いてもその深い魅力に聴き惚れてしまう。

交響曲第2番『讃歌』(メンデルスゾーン)は、
有名作曲家による余り演奏機会のない曲ですが、
冒頭を初め、全編を通して顔を出す主題が、妙に『聞け万国の労働者』や
『箱根八里』に似ているため、聞いている途中で空耳の如くそれらの曲が
頭に湧いてきました。困ったものです。

いずれにしても、それらの曲を、
レベルの高い演奏技術に拠る素晴らしい演奏で愉しませてくれました。

また、小うるさい腕白少年がいて、会場時間が待てず騒いでいて、
係の人を困らせていました。

その子、よりによって私の座席の斜め後で、季節の変り目のせいなのか、
咳をしていて、音楽鑑賞がちょっと邪魔されました。
全ホールに声が響いておりました。

一瞬ロシア語を喋ったので、ロシア系の子らしい。
通りで、顔立ちが整っていました。日露二ヶ国語喋れるのでしょうね。

後半は、私の後に白人夫婦が座ったのですが、ドイツ語を喋っていました。
メンデルスゾーンの曲に合わせて来たようです。

そして例の少年は、親許に行ったようです。

前半は、ロシア系(ウクライナのグリエールも含む)の曲でしたが、
後半は、メンデルスゾーンの『讃歌』(ドイツ語の歌詞)。

偶然とはいえ、示唆的な状況が面白かったです。

最後のアンコールを、声楽付きの『フィンランディア』で締めくくったのも、
とても良かったです(如何にもハッピーエンドという感じで、
締めくくりに最適な曲ではないかと思います)。

《転載終了》
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