2016年09月21日

ブルガリア初期のクラシック音楽を巡る - その1 オーケストラ・ナデージダ演奏会情報

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12202218679.html
2016年9月21日

《転載開始》

今回は、ブルガリアのクラシック音楽の
“初期”の作曲家を巡る記事となります。

ブルガリアの作曲家と言えば、
一般的に日本で知られているのは一人もいませんが、
強いて言えば、
パンチョ・ハララノフ・ヴラディゲロフ(1899-1978)
Панчо Хараланов Владигеров
が一番有名と思われます。

しかし、今回の記事は、
彼よりも先に活躍した作曲家のご紹介となります。

ヴラディゲロフよりも先に活躍していた作曲家については、
既に何人か紹介しています。

ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)ブルガリアの作曲家
2014年1月12日
ゲオルギ・ペトロフ・シャグノフ(Георги Петров Шагунов)ブルガリアの作曲家
2014年2月25日
ペトコ・スタイノフ(Петко Стайнов)ブルガリアの作曲家
2014年10月16日

ですが、彼らよりも古い作曲家の紹介となります。

音源がYouTubeに出ていない事が多く、
アーカイブ的な資料の紹介となりますが、
意外と数が多いので、3回に分けての紹介となります。





ヤンコ・ムスタコフ(1841-1881)
Янко Мустаков

Христо Ботев.jpg

1841年1月3日、トリャヴナ(Трявна)生まれ。

ブルガリアの歌手、作曲家、音楽教師、合唱指揮者。

ブクレシュティ音楽と雄弁院(ブカレスト音楽院)
(Conservatorul de Muzică şi Declamaţiune din Bucureşti)
を卒業。

1868年、ブルガリア初の合唱団を創設。
また、スヴィシトフ(Свищов)にブルガリア初の管弦楽団を創設。

1881年12月24日、スヴィシトフにて死没。
Янко Мустаков - Wikipedia Български





エマヌイル・マノロフ(1860-1902)
Емануил Манолов

Емануил Манолов.jpg

1860年1月7日、ガブロヴォ(Габрово)生まれ。

モスクワ音楽院(Московская консерватория)で学ぶ。

音楽教師や、軍楽隊の指揮者として活躍。

ブルガリア初の職業音楽家にして、
ブルガリア初の未完のオペラ『貧しい女』(Сиромахкиня)1900年
の作曲者として知られる。

1902年2月2日、カザンラク(Казанлък)で死没。

作品は、児童や学校のための合唱曲が多いが、
管弦楽、室内楽のための作品もある。
Емануил Манолов - Wikipedia Български

歌劇『貧しい女』(Сиромахкиня)1900年
※本格的に演奏が始まるのは、24:16から
https://www.youtube.com/watch?v=_cjm9ktFNBg






ツヴェタン・ラドスラヴォフ・ハジ=デンコフ(1863-1931)
Цветан Радославов Хаджи-Денков

Цветан Радославов.JPG

1863年、スヴィシトフ生まれ。

ブルガリアの国民意識復活を訴え、ブルガリアで初めて世俗的な学校を設立した、
エマヌイル・ヴァスキドヴィチ(Емануил Васкидович)に学び、
イヴァン・シシマノフ(Иван Шишманов)や
アレコ・イヴァニツォフ・コンスタンティノフ(Алеко Иваницов Константинов)
らに囲まれて育つ。

1885年、『愛しき祖国』(Мила Родино)を作詞作曲。
1964年に国歌として採用された。
共産党支配下のトドル・ジフコフ政権の時には
共産主義体制をたたえる詞が存在したが、
民主化後の1990年に改定され、当該部分は除去されている。

作曲家としてだけでなく、科学者としても活躍。

1931年、ソフィア(София)で死没。
Цветан Радославов - Wikipedia Български

愛しき祖国(ブルガリア国歌)
https://www.youtube.com/watch?v=B2BwwYP6RsQ






アンゲル・アタナソフ・ブコレシトリエフ(1870-1950)
Ангел Атанасов Букорещлиев

Ангел Букорещлиев.JPG

1870年1月31日、プレヴニャ(Плевня)
現:ギリシャのペトルッサ・ドラマス(Πετρούσσα Δράμας)生まれ。

作曲家、合唱やオーケストラの指揮者として活躍。

プロの音楽家として活躍したほか、
2500曲ものブルガリアの民俗音楽を記録する。

1896年より50年間、
プロヴディフ音楽協会(Пловдивското певческо дружество)
を管理する。

1921年、民間音楽学校『母なる歌』(Родна песен)を設立し、
最初の監督に就任する。

1950年1月3日、プロヴディフ(Пловдив)で死没する。
Ангел Букорещлиев - Wikipedia Български





お次は演奏会情報です!!

オーケストラ・ナデージダ 第15回演奏会
女性ソリストが奏でる煌めきのロシア音楽

オーケストラ・ナデージダ 第15回演奏会 2016-9-25.jpg

日時: 2016年9月25日(日)
開演: 14時 (開場: 13時)
会場: タワーホール船堀 大ホール
チケット: 全自由席 1,000円
※65歳以上無料(当日証明書をお持ちください)
※江戸川区民無料(チラシ裏面へ記入の上持参、
または当日ご住所の記入をお願いいたします)

後援: ロシア文化フェスティバル日本組織委員会・日ロ文化交流センター

曲目
ルビンシテイン: ピアノ協奏曲 第4番 ニ短調
Антон Григорьевич Рубинштейн
Концерт для фортепиано с оркестром 4 ре минор, соч. 70
ラフマニノフ: ヴォカリーズ
Сергей Васильевич Рахманинов
Вокализ, соч. 34, 14
スヴェトラーノフ: 3つのロシアの歌
Евгений Фёдорович Светланов
Три Русские Песний
アリャービエフ: ナイチンゲール
Александр Александрович Алябьев
Соловей
グラズノフ: 交響曲 第4番 変ホ長調
Александр Константинович Глазунов
Симфония 4 Ми-бемоль мажор, соч. 48

ソプラノ: 中村初惠
ピアノ: ナターリヤ・コーリチェヴァ

指揮:渡辺 新

オーケストラ・ナデージダ第15回演奏会 - Facebook





この次の記事では、漫画を発表いたします!!

そしていよいよ、
フィンランド・エストニア
の旅に行ってきます!!

《転載終了》
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2015年07月01日

ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)ブルガリアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11745652545.html
2014年1月12日

《転載開始》
Никола Атанасов Китанов.jpg


ブルガリアの作曲家、音楽教師。
1886年、キュステンディル(Кюстендил)生まれ。

地元の学校で、チェコの作曲家で音楽教師の、
カレル・マハーニュ(Karel Macháň)に学ぶ。

1906年に、ザグレブ音楽院(Zagrebacki konzervatorij)
(ザグレブ音楽アカデミー《Muzička akademija u Zagrebu》の事か?)に入学し、
フラーニョ・ドゥガン(Franjo Dugan)、
ヴィエコスラヴ・ローセンベルグ=ルジッチ(Vjekoslav Rosenberg-Ružić)、
チリル・ユネク(Ćiril Junek)、
ヴァーツラヴ・フムル(Vaclav Huml)、
らに学ぶ。

1911年に書かれた『ピアノソナタ』は、
ブルガリア初のピアノソナタと見られている。

1912年に書かれた『交響曲第1番ト短調』は、
ブルガリア初の交響曲と見られている。

卒業後、スタラ・ザゴラ(Стара Загора)、プレヴェン(Плевен)、
ソフィヤ(ソフィア)(София)等で教鞭を執る。

1923年、
ブルガリア国立音楽アカデミー(Националната музикална академия)
の教授となる。

1929年、同アカデミーの音楽理論の教授となる。

1934〜1937年、同アカデミーの楽長を務める。

1954年、芸術家名誉賞(Заслужил артист)を授与される。

1963年、キュステンディル名誉市民(Почетни граждани на Кюстендил)
の称号を受ける。

1969年、ソフィヤにて死去。

【主な管弦楽作品】
・交響曲第1番ト短調(1912)
 Симфония 1 в сол минор
・序曲『フリスト・ボテフ』(1927)
 Увертюра “Христо Ботев”
・交響曲第2番(1928)
 Симфония 2
・交響曲第3番(1931)
 Симфония 3
・序曲『森のうなり声』(1931)
 Увертюра “Стонът на гората”

【主な室内楽・歌曲作品】
・ピアノソナタ第1番(1911)
 Сонати за пиано 1
 (1911〜1919年の間に3曲ピアノソナタを作曲したらしい)
・ヴァイオリンとチェロとピアノのための三重奏曲(1929)
 Трио за цигулка, виолончело и пиано
・10の歌曲(ピアノ伴奏付き)
 10 песни за глас и пиано

【資料】
Никола Атанасов (композитор)(Wikipedia, Български)

交響曲第1番ト短調
演奏:ブルガリア国立放送交響楽団
Симфоничният оркестър на Българското национално радио в София
指揮:ヴラディ・スィメオノフ(シメオノフ)
Влади Симеонов
第1楽章
http://www.youtube.com/watch?v=lwXM5SDpHbo
第2楽章
http://www.youtube.com/watch?v=Iqu7cfpSdFg
第3楽章
http://www.youtube.com/watch?v=ktuQLBYgXY4
第4楽章
http://www.youtube.com/watch?v=oUN10HQD7dE


ブルガリアと言えば、「ヨーグルト」や「バラの香油」、力士の「琴欧洲」、
「ブルガリアン・ヴォイス」等で、日本にとっても存在感が大きい。

しかし、「ブルガリアのクラシック音楽は?」と問われた時、
答えられる人はどれくらいいるのでしょうか?

最も知られている、というか、ブルガリアの代表的な作曲家は、
パンチョ・ハララノフ・ヴラディゲロフ
Панчо Хараланов Владигеров
ですけれど、ベートーヴェン、ブラームス、モーツァルト等といった、
有名所しか知らないクラシック音楽ファンは、まず知らない思います。

最も有名と思われる作曲家ですらこうです。

今回は、ブルガリア初の交響曲をご紹介します。

この作曲家の存在は、もにりくちなしさんより教えていただきました。
有難うございます!!

実はそれを受けて、2012年5月10日に書いた、
未CD化交響曲の色々(ロマン派・国民楽派・無名作曲家限定!!)
という記事の中で、アタナソフを軽く紹介させていただきました。

で、今回は、きちんと紹介しようと思ったわけです。

交響曲第1番を聴いた感想ですが、
スラヴ的な響きの分かりやすく且つ魅力的な旋律で、
中々聴き応えありました。
一番最初のブルガリアの交響曲に相応しいのではないかと思います。

早いテンポのうねる様な音形の緊張感溢れる第1楽章。

最初は優しさに溢れた瞑想的旋律だが、
徐々に盛り上がって行き壮大に締めくくる第2楽章。

力強く荒々しい舞曲風旋律が前後にあり、
牧歌的な旋律が中間部にある第3楽章。

情熱的な民族舞曲風旋律で、終止旋律が印象的な第4楽章。

交響曲は他にも2曲あるそうなので、
そちらの方も聴けたら良いなと思います。
というか、交響曲以外の曲も聴きたいところです。



◎CD化について
ブルガリア放送がレーベルを出している様で、
ネストロフやスタイノフらと共にオムニバス収録されています。
しかも、リリースされたのは2006年とかなり前でした。
BNR presents works by Atanasov,  Nestorov and  Staynov.jpg

ニコラ・アタナソフ
交響曲第1番ト短調
 1:第1楽章(Allegro energico)
 2:第2楽章(Andante)
 3:第3楽章(Scherzo. Allegro)
 4:第4楽章(Finale. Moderato)
ヘラクリット・ネストロフ(Хераклит Несторов, 1896-1940)
5:夜想詩(Поема-ноктюрно, опус 6)
ペトコ・スタイノフ(Петко Стайнов, 1896-1977)
6:交響的スケルツォ(Симфонично скерцо, 1938)
 7:交響詩『トラキア』(Симфонична поема „Тракия”, 1937)
演奏:パザルジク交響楽団(Симфоничен Оркестър Пазарджик)
http://silvernoise.net/bg/album/show/id/291
http://www.staynov.org/phonoteka.php?cd=04

尚、ペトコ・スタイノフは、
『辺境・周縁のクラシック音楽2』(青弓社)
で紹介されております。



◎フリスト・ボテフ(Христо Ботев)とは
【主な管弦楽作品】の項にある「フリスト・ボテフ」(1848-1876)というのは、
詩人にして、ブルガリア解放運動の英雄の事です。
Христо Ботев(Wikipedia, Български)

1876年、オスマン帝国に対する戦いの中で、ヴラツァ(Враца)にて死去。

カロフェル市(Калофер)には、彼を記念した、
フリスト・ボテフ国立博物館
Национален музей „Христо Ботев”
http://bulgariatravel.org/ja/object/395/muzej_hristo_botev
があるそうです。

オコルチツァ岳(Околчица)は、
フリスト・ボテフ国立公園
Национален парк “Христо Ботев”
となっており、革命家ボテフと、彼の率いたボテフ隊を鎮魂する記念碑が
建てられているそうです。
http://bulgariatravel.org/ja/object/216/Okolchica_nacionalen_park_na_Hristo_Botev



◎カレル・マハーニュ(Karel Macháň)とは
アタナソフが学んだこのチェコの作曲家(1867-1935)は、
日本では殆ど全く知られていない様で、
日本語でネット上で触れられているのかどうか検索してみたのですけど、
どうやら全く語られていない様です。
Karel Macháň(Wikipedia, Български)

音楽教師としてブルガリアに赴任したそうで、
最後はロシアで亡くなっています。

『ピアノと管弦楽のためのブルガリア奇想曲』
Bulharské capriccio pro klavír a orchestr
という曲がとても気になります。
ブルガリア国民楽派の早い作例の一つと思われます。

この作曲家については、日を改めて紹介しようかと思います。

その他、ドゥガン、ルジッチ、ユネク等の、
クロアチアの作曲家もとても気になります。
(フムルは、ヴァイオリニストで音楽教師だけど、作曲家ではないらしい)

いずれ、調査の上紹介したいと思います。



ブルガリアの作曲家をまともに取り上げたのは、今回が最初だと思います。
(以前は、オムニバスでアタナソフを軽く取り上げた程度)
今後は、ブルガリアにもよく目を向けようと思います。
「これは!!」と思うブルガリアの作曲家を他にも見つけて紹介できたら、
と思います!!

《転載終了》
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2015年06月22日

ゲオルギ・ペトロフ・シャグノフ(Георги Петров Шагунов)ブルガリアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11748665983.html
2014年2月25日

《転載開始》
Георги Петров Шагунов.jpg


ブルガリア初期の作曲家、音楽教師、楽長(カペルマイスター:Kapellmeister)。
ブルガリアの軍楽隊の創設と、ブルガス(Бургас)の音楽シーンにとって重要な音楽家。
ブルガリア音楽文化の発展に大きな貢献を果たす。

1873年3月15日、プロヴディフ(Пловдив)で、カロフェル(Калофер)出身の父と、
ギリシャ人の母との間に生まれる。
裕福な家庭であった。

16歳まで、同地の聖アウグスティヌス学校(Колеж "Свети Августин")で学ぶ。

父は、ゲオルギが医者になる事を望んでいたため、
1889年より、フランスの聖ヨハネ高等学校(Lycée Saint-Jean)に学んだ後、
フランスのリヨン大学(Université de Lyon)に入学、在籍していたが、
リヨン音楽院(Conservatoire de Lyon)で、ホルン、コルネット、音楽理論、指揮法を学ぶ。

在学中に、リヨン吹奏楽団(Brass band de Lyon)の副指揮者に任命される。

1895年、ブルガリアに帰国すると、故郷プロヴディフの第3騎兵連隊の軍楽隊長に就任。

1896年、ロム(Лом)の第2騎兵連隊の軍楽隊長に就任。

1897年、ブルガスに移住。亡くなるまでそこに住んでいた。

1930年まで、第24黒海歩兵連隊(24-ти Пехотен Черноморски полк)
の軍楽隊の指揮者を務めていた。

第一次バルカン戦争(1912-1913年)時、
シプカ(イヌバラ)第30連隊(30-и Шипченски полк)の軍楽隊長を務める。

ブルガスに、祖国の響き(Родни звуци)を設立。

ブルガスの音楽学校で、吹奏楽クラスの教師を務める。

>1948年11月10日、ブルガスにて死去。

【管弦楽作品】(За симфоничен оркестър)
・幻想曲『フリスト・ボテフ』 Фантазия “Христо Ботев” -(1922)
・祝典序曲 Тържествена увертюра (1926)
・交響組曲『ブルガリア的』 Симфонична сюита “Българка” (1927)
・交響曲第1番『バルカンの国々』 Симфония 1 “Балканите” (1931)
・交響曲第2番『マリツァ川』 Симфония 2 “Марица” (1931)
・交響曲第3番『夢の旅』 Симфония 3 “Пътуването в сън” (1933)
・交響曲第4番 Симфония 4 (1935)
・序曲『祖国の音色』 Увертюра “Родни звуци” (1945)
・交響曲第5番 Симфония 5 (1946)
・交響曲第6番 Симфония 6 (1948)

【吹奏楽作品】(За духов оркестър)
・カヴァル Кавал (1900)
・ゲルダ Герда (1905)
(「雪の女王」の登場人物の事か?)

【吹奏楽のための序曲】
・序曲『マケドニア的』 Увертюра “Македонка” (1903)
・序曲『スラヴャンカ山』 Увертюра “Славянка” (1904)
・序曲『エマヌイル・マノロフ』 Увертюра “Емануил Манолов” (1907)
・序曲 Увертюра (1915)
・序曲 Увертюра (1932)

【吹奏楽のための幻想曲】
・幻想曲『フリスト・ボテフ』 Фантазия “Христо Ботев” (1914)
・幻想曲『ボテフの追憶』 Фантазия “Ботеви спомени” (1926)
・幻想曲『インジェ・ヴォイヴォダ』 Фантазия “Индже войвода” (1926)
・幻想曲『リリャナ』 Фантазия “Лиляна” (1927)
・幻想曲『П・ヤヴォロフ』 Фантазия “П. Яворов” (1944)
・幻想曲『アレグロ・モデラート』 Фантазия “Алегро модерато” (1915)
・幻想曲『ヴィトシャ山への挨拶』 Фантазия “Поздрав на Витоша” (1943)

【弦楽合奏のための作品】(За струнен оркестър)
・民族的連舞曲 Народни хора (1907)
・戯曲 Пиеса (1915)
・ラチェニツァ第1番 Ръченица 1 (1924)
・ラチェニツァ第2番 Ръченица 2 (1926)
・チェロと弦楽合奏のための協奏曲 Концерт за виолончело и струнен оркестър (1925)

【室内楽のための作品】(Камерна музика)
・六重奏曲『最後の時間』 Секстет “Последният час” -(1901)
・金管五重奏曲 Духов квинтет (1948)
・五重奏曲『ブルガス』 Квинтет “Бургас” (1948)
・ヴァイオリンとピアノのための幻想曲『愛しき祖国』
Фантазия за цигулка и пиано “Мила родино” -(1942)

【行進曲】(Маршове)
・Н・В皇帝のための賛歌 Химн за Н. В. Царя (1908)
(ヴラジーミル・ニコラエヴィチ・ヴォエイコフ Владимир Николаевич Воейков の事か?)
・独立 Независимостта (1908)
・ピアノのための行進曲 Маршове за пиано (1921)
・バルカンの勇士たち Юнаци Балканци (1926)
・マエストロ・ミハイロフ Маестро Михайлов (1931)
・祖国の歌 Родна песен (1932)
・親衛音楽隊 Гвардейци музиканти (1934)
・唯一の誓い Един завет (1934)
・英雄 Юнак (1935)
・ブルガリアの行進 Марш на българите (1939)
・我らは行く Ний идем (1939)
・神よ、我らの王を護り賜え Боже, царя ни пази
・我らの王の呼び声の前に Царят ни зове напред

【資料】
Георги Шагунов(Wikipedia, Български)
Georgi Schagunow(Wikipedia, Deutsch)

行進曲『唯一の誓い』
Марш ≪Един завет≫
http://www.youtube.com/watch?v=lDsvslEK1Rs


ブルガリアの作曲家と言えば、
パンチョ・ハララノフ・ヴラディゲロフ(Панчо Хараланов Владигеров)


が最も知られていますけど、他にも色々作曲家がいるわけで、例えば、
ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)という作曲家を、
最近弊ブログで紹介しました。

今回紹介する作曲家は、軍楽隊を率いていたという事もあり、
主に吹奏楽作品を書いている様ですが、管弦楽作品も書いている様で、
交響曲も、私の知る限り6曲も書いています。

作品の表題を見てみると、地元ブルガリアや、
バルカン地方に因んだものが多いのが分かります。

ブルガリア国民楽派の重要な作曲家なのだろうというのが分かりました。

しかしその割には、埋もれているというか、僅かに吹奏楽の作品が、
YouTubreに出ている程度という気がします。

CDも見つけられませんでした。

YouTubeに出ている曲を聴いた限りでも、
分かりやすくて親しみやすい作品を書いているというのが分かりました。

なので、もっと注目されるべきではないかと思います。



◎「フリスト・ボテフ」とは?
作品欄中の「Христо Ботев」については、
ニコラ・アタナソフの記事で紹介していますので、そちらをご覧ください。
(後述する、ペヨ・ヤヴォロフの項でも軽く触れています)
ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)



◎「マリツァ」とは?
作品欄中の「Марица」とは、「マリツァ川」の事と思われます。
全長480kmの、バルカン半島最長の川だそうです。
ブルガリア西部のリラ山地(Рила)に源を発し、ギリシャ、トルコ、
ギリシャとトルコの国境を流れ、エーゲ海へと注ぐ。
マリツァ川(Wikipedia)



◎「カヴァル」とは?
作品欄中の「Кавал」とは、
ブルガリアやルーマニアなど南東ヨーロッパで見られる、
民謡や踊りの旋律を演奏するために使う楽器で、
合奏や歌の伴奏にも用いられるとのこと。
元来は、羊飼いの笛だったそうです。
カバル(Wikipedia)



◎「スラヴャンカ」とは?
作品欄中の「Славянка」とは、
ロシア語で「スラヴの村」という意味だそうですが、
ブルガリアとギリシャの国境に「スラヴャンカ山」というのがあるそうなので、
恐らくその事を指しているのだと思います。
スラヴャンカ(Wikipedia)



◎「エマヌイル・マノロフ」とは?
作品欄中の「Емануил Манолов」とは、
シャグノフの先輩にあたる、ブルガリアの作曲家(1860-1902)の事で、
ブルガリア初の歌劇『スィロマフキニャ』(Сиромахкиня)を書いたそうです。

実はこの作曲家、1ヶ月程前に既に知っていて、
いずれブログで取り上げるつもりでした。
近々取り上げられたら、と思います。
Емануил Манолов(Wikipedia, Български)



◎「インジェ・ヴォイヴォダ」とは?
作品欄中の「Индже войвода」とは、
18世紀後半から19世紀初頭にかけてブルガリアを荒らしまわった、
ハイドゥク、盗賊団の首領(1755-1821)の事だそうです。

民間伝承によれば、19世紀初頭に略奪行為をやめ、
オスマン帝国に対して反逆し戦いを挑んだ英雄とされ、
民謡にも歌われている様です。
Индже войвода(Wikipedia, Български)

「ハイドゥク」またはハイデュク(Hajduk、haiduk, haiduc, hayduck, hayduk)とは、
バルカン半島での、無法者、追いはぎ、又は、自由の闘士の総称だそうです。

バルカン半島の民族伝承では、オスマン帝国支配に戦いを挑んだり、
トルコから略奪を働く等の、ロマン主義的英雄像とされているそうで、
イングランド伝説の義賊、ロビンフットと比較されているそうです。
ハイドゥク(Wikipedia)

「ヴォイヴォダ」とは、中世・近世のスラヴ・東欧で使われた称号だそうで、
元来は軍司令官の称号でしたが、
後に、県・郡規模の領主の称号に変化したそうです。
ヴォイヴォダ(Wikipedia)



◎「П・ヤヴォロフ」とは?
作品欄中の「П. Яворов」というのは、
恐らく、ペヨ・ヤヴォロフ(Пейо Яворов, 1878-1914)の事と思われます。

ブルガリアで最も知られた詩人の1人だそうで、初期には、
ブルガリア解放運動の英雄にして詩人のフリスト・ボテフや、
ブルガリア国民文学を代表する、
イヴァン・ミンチョフ・ヴァゾフ(Иван Минчов Вазов)
の伝統を受け継ぎつつ現実を踏まえた詩を書いたそうですが、
20世紀初頭にフランス近代詩の影響を受け、
ブルガリア象徴主義の始祖となったそうです。
ヤボロフ(コトバンク)

こちらは『ペヨ・ヤヴォロフ生家博物館』(Къща музей "Пейо Яворов")↓
http://bulgariatravel.org/ja/object/115/Kyshta_muzej_Pejo_Yavorov



◎「ヴィトシャ山」とは?
作品欄中の「Витоша」とは、
ブルガリアの首都、ソフィアの郊外にある山の事だそうです。
http://www.baranokuni.com/nature/vitosha.php



◎「ラチェニツァ」(ルチェニツァ)とは?
作品欄中の「Ръченица」とは、
ブルガリアの民族音楽、民族舞踊のリズムの一種で、
テンポの速い7/8拍子(8分の7拍子)が特徴的です。
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-117.html
例えば、こんな感じです↓
http://www.youtube.com/watch?v=fLEleWpHilI


因みに、ヴラディゲロフも、
『2つのブルガリア風パラフレーズ 作品18』
Две български парафрази, оп.18 (1925)
という曲を書いておりまして、第2番がラチェニツァです。
http://ml.naxos.jp/work/445644



【最終更新日】
2014年2月26日

《転載終了》





Христо Ботев.jpg

↑フリスト・ボテフの肖像(Wikipediaより)
Христо Ботев - Wikipedia Български

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↑エマヌイル・マノロフの肖像(Wikipediaより)

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↑インジェ・ヴォイヴォダの肖像(PLOVDIV-ONLINEより)
Станишев: Избраха Бойко като Индже войвода - PLOVDIV-ONLINE

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↑ペヨ・ヤヴォロフの肖像(bgnow.euより)
Пейо Яворов и неговите "Арменци" - bgnow.eu
posted by Satos72 | ├ ブルガリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする