2017年04月02日

『どこかで聴いた曲』の定義(続)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10383878656.html
2009年11月8日

《転載開始》

以前ここに於いて、『どこかで聴いた曲』の定義について語りました。
要は、題名や作曲者の名前は知られていないけど、
メロディは有名な曲の事。
 
で、その事について、追記しなくてはならない事が出てきました。
でも、以前の記事に追記として書くより、
新たにエントリーを書く事にしました。
 
 
 
 
〇『どこかで聴いた曲』発生のメカニズム
よく、テレビのコマーシャルとか番組などで、
非常に印象深い曲がBGMとして流されたりするわけですが、
何という曲なのか?クレジットが全く出ない事があります。
そうすると、題名は知られず、
メロディだけが世に広く知られる事になってしまいます。
で、後に題名と共にそういった曲が紹介されると、
「ああ、なんだ、そういう名前だったのか!!」
となるわけです。
或いは、題名が出ていても、
小さく出ているだけだったり、ちゃんと名前を見てなかったり、
憶えにくい名前(聞いてもすぐ忘れてしまうような)だったりすると、
『どこかで聴いた曲』化し易いのではないでしょうか?
 
 
 
 
〇マイナークラシックの『どこかで聴いた曲』
〇ヒューゴ・アルヴェーン(Hugo Alfvén)
『ロスラーゲンのポルカ』(Polka från Roslagen)
『ほのぼのアニメのBGM』然としている曲。
アルヴェーン最晩年の
バレエ組曲『放蕩息子』(Den förlorade sonen)
の中の第6曲。
この組曲は、ほかにも
「あぁ、何かどこかで聴いた事あるなあ」
なメロディの曲があったりします。
 
〇ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(Wilhelm Olof Peterson-Berger)
『フレースエの花々』管弦楽版(Frösöblomster för orkester)
これも、『ほのぼのアニメのBGM』っぽい曲。
ペッテション(ペッタション)=ベリエルの名前は、
『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂)
で以前から知っていて、
そこで紹介されている
『フレースエの花々』(”フロソの花々より”と紹介されていた)を
NAXOSの『スウェーデン管弦楽曲集』【8.553115】で初めて聴いた時、
「ああ、何だ、この曲だったのか!!」と思った次第。
NAXOSでは『フレセンの花々』と紹介されています。
元々は、1896年にピアノ曲として書かれたものの一部を、
1934年頃に管弦楽曲にしたもののようです。
それが、5曲だと紹介しているのもあれば、4曲と紹介しているのもいて、
はっきりとは分かりません。
NAXOSでは4曲になってます。
その4曲とも、「どこかで聴いたことあるなあ」という感じでした。
『Frösö』は、どの表記が原音に近いのか?
『フレーセ』『フレセ』が一般的ですが。
ソマールハーゲンの入り口(Intåg i Sommarhagen)
夏の歌(Sommarsång)
お祝い(Gratulation)
フレースエの教会より(Vid Frösö Kyrka)
 
〇エミル・ムウィナルスキ(ムイナルスキ)(Emil Młynarski)
交響曲ヘ長調「ポーランド」(1910)
(Symfonia F-dur op.14, "POLONIA")
CD化されていますが、現在は手に入りにくい。
至る所に、「どこかで聴いたっぽいメロディ」が出てきます。
特に、第4楽章。
実際に、映画で使われていなかったか?
エミル・ムウィナルスキ(Emil Młynarski)映画音楽の様なマイナークラシック曲
 
〇ジョリー・ブラガ=サントス(Joly Braga Santos)
交響曲第4番ホ短調(1950)より、第4楽章
(4oMovimento do Sinfonia No 4 em mi menor, op.16)
『青春への賛歌』と題されるメロディが、第4楽章の最後に出てきます。
弱奏から徐々に音が大きくなっていき、最後に堂々と締めくくられます。
愛と感動の映画のエンディングの字幕が出ている時に流れるBGM>
といった雰囲気のメロディです。
都はるみの『好きになった人』
ドヴォルジャークの『交響曲第9番”新世界より”第2楽章』
島口駒夫・若杉雄三郎の『ラバウル小唄』
『大草原の小さな家』オープニングテーマ
浜口庫之助の『バラが咲いた』
等を彷彿とさせると勝手に思っています(異論はあるでしょうが)。
ジョリー・ブラガ=サントス(Joly Braga Santos)ポルトガルの作曲家
 
 
 
 
〇洋楽・邦楽その他に於ける『どこかで聴いた曲』
こちら、ポピュラーソングや映画などに於ける『どこかで聴いた曲』なんですが、
内容に激しく同意です!!↓
あぁ〜!!この曲どこかで聴いたことある!!(洋楽)(教えて!goo)
あぁ〜!!この曲どこかで聴いたことある!! - 教えて!goo
私も、「こういう題名だったのか!!」と、改めて驚いたりしました。
 
以下は、私が『どこかで聴いた曲』だと思う洋楽↓
〇ギルバート・オサリヴァン『アローン・アゲーン』(アローン・アゲイン)
(Gilbert O'Sullivan”Alone Again”)
〇アントン・カラス『第3の男』テーマ曲
(Anton Karas”The Third Man Theme”)
〇ジョン・スチュワート『デイドリーム・ビリーヴァー』
(John Stewart ”Daydream Believer”)
〇イーグルス『ホテル・カリフォルニア』
(Eagles ”Hotel California”)
〇ジョゼフ・コズマ『枯葉』
(Joseph Kosma ”Autumn Leaves” ”Les Feuilles mortes”)
↑フルオーケストラ版やジャズ版などがある。
特に前者は、高級な店とかにBGMとしてよく流れてそう。
〇ヨーロッパ『最後のカウントダウン』
(Europe”The Final Countdown”)
〇サンタナ『哀愁のヨーロッパ』
(Santana”Europa”)
〇スティーヴィー・ワンダー『あなたは私の心の太陽』(やや意訳)
(Stevie Wonder ”You are the sunshine of my life”)
〇リズ・オルトラーニ『モア』(世界残酷物語)
(Riz Ortolani ”More”)(MONDO CANE)
↑グロい映画の内容に相応しくない優雅さがいい!!
高級な店とかにBGMとしてよく流れてそう。
 
洋楽の場合、地元では題名もメロディも知られていると思いますが、
日本では余りそうではない、という状況はよくあるのでしょうか?
私はPOPSに疎いので、よく分かりません。
ファンにとっては題名も知ってて当たり前なのかも知れませんが、
そうでない場合は、メロディしか知らないものです。
 
バッハの『トッカータとフーガ』も、題名そのものは如何にも堅そうで、
余り知られてなさそうな気はする。
小学生辺りなんかからは、『鼻から豆乳』『鼻から牛乳』みたいな、
あだ名っぽい名前で憶えられていたりなんかして。
 
八代亜紀の『雨の慕情』なんかも、
童謡『あめふり』にちょっと似ているという事で、
1980年代の小学生に人気でしたけど、
タイトルまで憶えている小学生は、
いなかったのではないでしょうか?
『慕情』は、小学生には難しいと思います。
 
ザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』は、
私は長い間『オラは死んじまっただ』というタイトルだと思っていました。
これと同じノリなのが
円広志の『夢想花』です。
「飛んで飛んで飛んで・・・」という歌。
サビの歌詞とメロディの高い知名度に反比例して、
題名そのものは余り知られていなさそう。
凄いインパクトのある歌で、大好きでした。
でも、タイトルは知りませんでした。
円広志の 飛んで飛んで飛んで・・・ の題は? - 教えて!goo
 
「えッ、そういうタイトルだったの!?」
と思わせる意外なタイトルの曲は、
『どこかで聴いた曲』
になりやすい曲の条件の一つと言えるかも知れません。
タイトルと曲の雰囲気が乖離している曲とか、
歌詞にタイトルが出ていない曲とか。
でも、『トッカータとフーガ』や
『雨の慕情』『帰って来たヨッパライ』『夢想花』などは、
『どこかで聴いた曲』とはちょっと違うような・・・。
タイトルが分からないだけで、
それ以外ははっきり憶えている感じだから。
タイトルも作曲者も歌い手も分からない、
でもメロディだけはどこかで聴いて憶えている曲が、
『どこかで聴いた曲』だと思っているんで。
 
 
 
 
〇『どこかで聴いた曲』にならない曲・なりにくい曲
〇学校で習うクラシック曲
(『モーツァルト』『ベートーヴェン』『シューベルト』『ブラームス』
『バッハ』『ビゼー』『ロッシーニ』など、有名な作曲家の代表作)
〇歌詞にタイトルが目立つように出ている曲
〇憶えやすいタイトル(印象的、内容とマッチしている、など)の曲
〇特に世間で話題になった曲(『ルビーの指輪』『ビートルズの曲』など)
 
 
 
 
以上、独断と偏見による『どこかで聴いた曲』の定義でした。

《転載終了》
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2017年03月26日

『どこかで聴いた曲』の定義(3)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10388087040.html
2009年11月14日

《転載開始》

まさか、この話で3回目を書くとは思いませんでした。
またまた補足を思いついたんで。

〇『どこかで聴いた曲』発生のメカニズム(補足)
前回、『どこかで聴いた曲』発生のメカニズムについて、
何と言う曲で作曲者は誰なのか?
等の説明が一切無く、
テレビ等で時々流される事が原因ではないか?と書きましたが、
他にも理由と思われるものがありますので、
それを語って行きたいと思います。

実は、『どこかで聴いた曲』ではなく、
たまたま偶然似た様なメロディの曲が作られ、
それを聴いていたという可能性が、無くは無いのではないか?
マイナーなクラシック曲を色々聴いていると、
時代を先取りした様な曲に時々出逢ったりします。
往々にして、北欧辺りの情感溢れる民族楽派辺りに多いのですが、
20世紀後半系商業主義的音楽を先取りした様な曲に時々出逢ったりして、
驚いたりするんです。
1970年代ヒーローサウンドとか、アクション映画音楽とか、そんな辺り。
もしかしたら、何かで無意識に影響を受けているという可能性は
あるかも知れないのですが、中には、不可解なケースもあったりします。
以前にもブログで書いたのですが、
ハンス・ロット(Hans Rott)の
『交響曲第1番第1楽章第1主題』を初めて聴いた時、如何にも昔、
ハリウッドの映画か何かで流れていた様な気がしたんですけど、
実は、この曲が初演されたのが1989年だったので、
それでびっくりしたわけです。
それ以前から聴いていた様な気がしてたんで。
要するに、偶然似てしまった曲を、以前に聴いていたという事なんでしょう。
ベルギーの作曲家
ヤン・ブロックス(Jan Blockx)の『5つのフランダース舞曲集』(1884)
を、昔のほのぼのアニメで聴いた様な気がするというのも、
その可能性は大きい。

ヘンリー・キャヴェンディッシュ(Henry Cavendish)が、
『クーロンの法則』や『オームの法則』などを、
クーロンやオームが発見するよりも
ずっと以前に発見していたというケースに、
似ていなくも無い。

要するに、『どこかで聴いた曲』というよりは、
『どこかで聴いた様な曲』って事ですね。




〇恋愛映画で使われていた様な気がするクラシック曲
例えば、『ブラームスの弦楽六重奏曲第1番』の第2楽章が、
ルイ・マル(Louis Malle)の映画
『恋人たち』(Les Amants, 1958)に使用されているとか、
『交響曲第3番』の第3楽章が、米仏合作映画『さようならをもう一度』
(Goodbye Again, 1961)で使われているという話は有名ですが、
比較的マイナーなクラシック曲で、
『これは恋愛映画に使われているっぽい』と
独断と偏見で思い込んでいる曲を紹介します。
甘く切ない旋律美の数々!!

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski)
ピアノ協奏曲イ短調第2楽章(1889)
Koncert fortepianowy a-moll op. 17, Częśc II
祖国ポーランドの為に、政治的にも身を尽くしたパデレフスキ。
『ポーランド幻想曲』(Fantazja Polska)
が代表作の一つに数えられていないところが、
甚だ納得いきません。
20代初頭にCDで初めて聴いた時、「これ、聴いた事あるな」と思いました。
でも、どこでだかは勿論不明。
愛し合う男女の喜びとか、切ない気分とかが伝わってきそうな感じ。
特に、訴えかけてくる様な哀愁のメロディがたまらない!!

ラーシュ=エリク・ラーション(Lars-Erik Larsson)
劇音楽『冬物語』より、エピローグ
Epilog ur En vintersaga
このメロディを聴くと、泣けてくるという人はいるかも知れません。
『恋人たち』『さようならをもう一度』に出てくるブラームスの曲に、
ノリは近いと思います。
それに、北欧的雰囲気を加味したような。
甘く切ない旋律美。

ヨハン・スヴェンセン(Johan Svendsen)
交響曲第2番第2楽章変ロ長調(1876)
Symfoni nr.2 i Bss-dur op.15, Andre sats
涙ものの旋律美ですわ。
これ、絶対何かの映画で聴いた様な気がするのだが・・・。
大きく盛り上がる部分が、激しく訴えかけてくる感じでたまらん!!
最終楽章は、第1主題が
『かたつむり』『スーダラ節』『ドクタースランプの歌』
に似ています。

クット・アッテルベリ(Kurt Atterberg)
交響曲第6番ハ長調『ドル交響曲』第2楽章(1927-1928)
Symfoni nr.6 i C-dur op. 31”Dollarsymfonin”, 1 satsen
私が『アッテルベリ』(アッテベリ)を知る切っ掛けになった交響曲。
生まれるのが遅すぎたロマンティスト。
『シューベルト没後100年記念作曲コンクール』で最優秀賞を受賞し、
1万ドルを獲得した事から『ドル交響曲』の異名が付けられました。
第1楽章は、1970年代ヒーローサウンド調。
第2楽章は、甘く切ない恋愛映画調。
第3楽章は、ラフマニノフの『交響曲第2番第4楽章』に似ていて、
お祭りどんちゃん騒ぎ風。

《転載終了》
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2016年12月11日

最狂最凶ロックンロールについて(GG Allin, The Cramps 他)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10440304362.html
2010年1月22日

《転載開始》

これから書く事は、かなり”自分語り”になる上に、
一部の人々をとても不快にさせる内容が込められていますので、
ご了承ください。
不快に思っても、多目に見てやってください。

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私は根っから、流されるのが大嫌いな性分で、
皆が右を向いていると左を向こうとする。
とはいっても、軽薄な感覚でやっていたわけではありません。
只単に社会のルールに反発する事がカッコいいみたいな、
子供じみた感覚は逆に軽蔑していました。
本人は自由に生きているつもりだけど
実際は周囲に合わせようとしている若者を。
ヤンキーなんかそうじゃないですか?
ヤンキーって、皆同じ様な恰好じゃないですか(怒らないでね!!)?

ロックンロールに対しても、実はそんな感じで軽蔑しておりました。
ロックンロールファンも、結局皆流されているんじゃないかって。

ルーズファッションに多大な影響を与えたと思われる
ニルヴァーナの恰好だって、
元は意図的にそういう恰好をしていたわけではなく、
本当にお金が無いからそういう恰好をしていただけらしいし。
その恰好が、皮肉にも現在では
若者の一般的な服装になっているという状況に対して、
カート・コベインはあの世でどう思っているのでしょうか?

「女にモテたいからロックをやっている」みたいな言葉も有名です。
正直なところが好感持てますが、
はっきり言ってダサい(怒らないでね!!)。
ロック自体ガチガチに縛られている
というイメージを、若い頃から抱いておりました。

何か、「ダサい」と思われる事に対して、
皆恐れおののいているのではないか?
本当の勇気は、
軽蔑されようがバカにされようが意に介さず
信念を貫く事だと思います。

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私は、流されるのが嫌いな性分のため、
趣味に於いてもそれが強く反映されています。
ロックを聴くにしても、殺害塩化ビニールとか人間大学レコードみたいな、
お下劣系ばかりを好んでいましたし、
クラシック音楽は、無名のものばかりを好んで聴いています。
勿論只単に無名だというのではなく、
内容もちゃんとしっかりしているものです。
単なる”天邪鬼”ではありません。
アニメも、
日本には決して入ってこないだろうと思うものばかりを観ています。
とにかく、中味のある”反主流””反権威”を
貫ぬこうとしていました。

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そんな時、GGアリンというパンクロッカーの
存在を知りました。
その瞬間「これだッ!!」と思いました。
GGアリン - Wikipedia、日本語
ロックシーンから目を背けていたせいか、
ずっと彼の存在に気付きませんでした。
彼が誕生した時のエピソードからして、伝説的というか。
ロッカーとして史上最も無茶苦茶な事をやっていたそうですが、
曲自体も良いと評判のようです。
暴力はいただけないと思いますが、
媚びないという1点に於いては共感持てます。

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実は、私の友人に
遠藤ミチロウ(ザ・スターリン)
が好きだという人が何人かいて、
私がその存在を全く知らなかった事に対して
驚いていました。
ロックにまともに目を向けていなかったので当然です。
でも、このバンドの存在を若い頃から知っていたら、
私はどうしていただろうか?
否、多分何も興味を示さなかったかも。
若い頃はかなり”老人子供”的な所があり、
「最近の若者は・・・」みたいな事をよく口にしていました。
それが何故だか歳を取るに従い、
精神年齢が逆に若くなっていっている感じがします。
他の人と逆行しているというか・・・。
Wikipediaの”日本のパンク・ロック”を見てみると、
他にも濃いのがいっぱいいますね。

その友人の1人からは、頭脳警察
裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)
を一押しされました。
前者は、デビューした時代がそうだからなのかも知れないけど、
第1曲目から”世界革命戦争”を宣言する反体制ロックで、
アルバムの発売中止
(3億円事件のモンタージュ写真が使用されている)
や放送禁止に見舞われ、最新アルバムも18年振りという。
後者は、メンバーによど号ハイジャック事件の犯人である
若林盛亮がいます。
活動も、長い間休止している上に、
音源も現在は廃盤となっており、海賊版を聴くしかないような状況。
ヴォーカルの水谷孝は現在行方不明と言われていますが、
恐らく、彼の愛するフランスにいるものと思われます。
そういった状況が、伝説的な雰囲気を醸し出しています。
特徴としては、独特の髪型に、
フィードバック奏法による大音量のノイズが挙げられるのですが、
ファンによれば、不思議と耳障りではなく、心地良いノイズだとのこと。
それが、ラリーズの支持される理由なのでしょう。

裸のラリーズ.jpg
1978年11月1日 裸のラリーズ with FRICTION, 青山ベルコモンズ - はてなフォトライフ

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話はGGアリンに戻りますが、実は、
彼の記録映画が2年ほど前に渋谷で上映されていたようです。

映画『全身ハードコア GGアリン』
(Hated)
シアターN渋谷(2008.1.12)
PLNET+1(2008.1.25)

全身ハードコア GGアリン.jpg

もしこの上映の事を知っていたら、絶対観に行ってました。
観に行けなくて残念に思いましたが、DVD化されているので安心!!

全身ハードコア GGアリン [DVD] - Amazon, 日本

それと、もう一つ気になったバンドが、
ザ・クランプス(THE CRAMPS)という変態夫婦バンド。
1978年に、カリフォルニアの精神病院で慰問ライブをやるという、
みずのき寮の西垣籌一も真っ青な事をやりました。
日本では絶対出来ないと思います。

で、その映像が、
前述のGGアリンの映画と2本立てで上映されていたというのです!!

映画『ザ・クランプス 精神病院ライブ』
(The Cranps: Live at Napa State Mental Hospital)
シアターN渋谷(2008.1.12)
PLNET+1(2008.1.25)

ザ・クランプス 精神病院ライブ.jpg

これもDVD化されています。

ザ・クランプス 精神病院ライブ [DVD] - Amazon, 日本

http://www.youtube.com/watch?v=c52v8VQhEHA


取り敢えず、ロックに余り詳しくないという事もありますし、
この辺でやめときます。
色々偉そうな事書いてすいません。

《転載終了》
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