2015年11月18日

イスィドル・バイッチ(Исидор Бајић, Isidor Bajić)セルビアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11415057548.html
2012年11月29日

《転載開始》

Исидор Бајић, Isidor Bajić-1910.jpg


1878年、クーラ(Кула, Kula)生まれ

ブダペストで、ハンス・フォン・ケスラー(Hans von Koessler)に学ぶ。

ノヴィ・サド(Нови Сад, Novi Sad)に音楽学校を設立し、
音楽雑誌を出版した。

1915年、ノヴィ・サドに没する。

【主な作品】
・歌劇『センベリヤのイヴォ王子』(1911)
Опера“ Кнез Иво од Семберије”, Opera “Knez Ivo od Semberije”
・交響曲『ミロシュ・オビリッチ』(現存せず, Which was lost)
Симфонија “Милош Обилић”, Simfonija “Miloš Obilić”
・序曲『メーナ』
Увертира “Мена”, Uvertira “Mena”
・セルビア狂詩曲(ピアノ)
Српска рапсодија, Srpska rapsodija

その他、ピアノ伴奏歌曲、合唱曲、クロアチア民族楽器タンブリツァ(Tamburica)
の為の曲などを作曲。

※Wikipedia英語版を基に構成。
Isidor Bajić(Wikipedia, English)

セルビア国民楽派の作曲家。

現在、過去記事を少しずつ整理していますが、2年近く前に書いた、
セルビアの作曲家一覧みたいな記事を見ていて、
CD化を希望するマイナークラシック曲(7)セルビア編
そこで紹介した作曲家について改めて検索してみたら
何か進展があるのではないか?と思い、
とりあえず、その中の一人である、イスィドル・バイッチを調べてみた所、
彼の代表作である『センベリヤのイヴォ王子』がYouTubeに出ていました。



◎センベリヤのイヴォ王子(Кнез Иво од Семберије)

『センベリヤのイヴォ王子』より、
大チョチェク舞曲(Велика чочечка игра, Velika Čočečka igra)
http://www.youtube.com/watch?v=kfx3ezl7otE


南欧風の陽気な舞曲。
カスタネットの音があるせいか、スペイン風(フラメンコ風)にも聴こえますが、
やはり、長期に渡ってオスマン帝国に支配された影響なのか?
中東風の旋律的要素も見られて、極めて特徴的なものを感じました。
魅力溢れるメロディで、とても聴き応えあると思います。

『センベリヤのイヴォ王子』より、
セルビアの娘(Српкиња, Srpkinja)
http://www.youtube.com/watch?v=6SxMId23G6k


イヴォ王子というのは、正式には、
イヴァン・クネジェヴィッチ(Иван Кнежевић, 1760-1840)
というらしい。
時代設定は、19世紀初頭らしい。
Иван Кнежевић(Wikipedia, Српски / srpski)



◎チョチェク(Чочек)とは

元は、オスマン帝国の軍楽隊の音楽に由来するとの事。
ブルガリア、セルビア、マケドニア、ルーマニアなど、
オスマン帝国の影響下にある地域で広がり、
その為多様性に富んでいるとの事。
それが、ロマやアルバニア人に受け継がれ、
祝いの場等で奏される様になったとの事。
チョチェク(Wikipedia)

『大チョチェク舞曲』の原曲と思われるもの↓
http://www.youtube.com/watch?v=u4C7CBbfIGQ


http://www.youtube.com/watch?v=9HokhsBAHPo




◎センベリヤ(Семберија)とは

要約すると、ボスニア・ヘルツェゴビナ北東部の歴史的地域部分で、
ビイェリナ地方(Бијељинска регија)とほぼ同範囲だとのこと。
語源は、ハンガリー語ではないかとされている。

セルビア共和国に隣接しており、ボスニア・ヘルツェゴビナに於いて、
『スルプスカ共和国』(Република Српска)と呼ばれている、
セルビア人の多く居住する地域に属している。
センベリヤ(Wikipedia)



◎ミロシュ・オビリッチ(Милош Обилић)とは

1389年に、セルビア王国とオスマン帝国との間で行われた戦争を
『コソヴォの戦い』(Bitka na Kosovu)という。
この戦いにより、オスマン帝国はバルカン半島への支配勢力を大きく拡大し、
セルビアは、オスマン帝国への服従を強いられる事になった。

所が、オスマン帝国を支配するムラト1世(Sultan. Murad I)は、
降伏を偽ったセルビア貴族ミロシュ・オビリッチに、謁見の際刺殺されてしまう。
その報復として、セルビア候ラザル(Кнез Лазар Хребељановић)
は処刑されてしまった。

卑怯な方法ではあったが、オビリッチはその行為によって、
セルビアの英雄叙事詩で「ムラトと刺し違えて死んだ英雄」
として伝えられる事になった。
コソヴォが、セルビアの聖地とされているのはその為である。

しかし、バルカンの先住民イリュリア人の子孫とされるアルバニア人にとっては、
セルビア人も後から来た他所者であるため、
また、重要なポストは主にセルビア人が就いていたため、
アルバニア人にとっては甚だ面白くなかったのではないかと思う。

ティトー(チトー)政権時代は民族問題が抑えられていたが、
ティトーが死去したあと民族主義問題が噴出。
最終的には『コソヴォ紛争』にまで発展する。

元々コソヴォにはアルバニア人が数多く住んでいたため、
現在はセルビア人の殆どが、アルバニア人からの襲撃を恐れてコソヴォを脱出し、
セルビアは承認していないものの、実質独立国家と化しているらしい。

因みに、ミロシュ・オビリッチの書かれている叙事詩の名は、
『ミロシュ・ドラギロヴィッチの死』(Смрт Милоша Драгиловића)
というらしい(違っていたらすいません)。
Смрт Милоша Драгиловића (Обилића)(Викизворник, Српски / srpski)



バイッチが「音楽学校を設立した」とWikipediaに出ていますが、
そのサイトと思しきものを発見


イスィドル・バイッチ音楽学校(Muzička škola Isidor Bajić)
http://www.isidorbajic.edu.rs/

検索用に「イシドル・バイッチ」とも打ち込んでおこう。



◎CD化状況
1999年に、バイッチ生誕120年を記念した、
イスィドル・バイッチ音楽学校による音楽祭の録音を収録した記念CDなので、
手に入れるのはかなり困難と思われます。
http://www.isidorbajic.edu.rs/english/2010/01/tribute-to-bajic/
リンク先のCDの画像をクリックすると、PDFが開き、作品リストが出てきます。
何と、YouTubeに出ている『大チョチェク舞曲』や『セルビアの娘』の他に、
『セルビア狂詩曲』等のピアノ曲、歌曲、民謡編曲など、
重要と思われる作品の数々が収録されています。

同音楽学校からは、他にも幾つかCDが出ています↓
http://www.isidorbajic.edu.rs/2009/03/dvostruko-izdanje/

個人的にはまず、
代表作の『センベリヤのイヴォ王子』全曲収録CDでも出して欲しいと思います。

《転載終了》
タグ:セルビア
posted by Satos72 | ┌ セルビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする