2015年07月19日

インドジフ・カーン(Jindřich Kàan)チェコの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11648414945.html
2013年10月23日

《転載開始》

Jindřich Kàan z Albestů.jpg


《フルネーム》
インドジフ・カーン・ズ・アルベストゥー
Jindřich Kàan z Albestů

チェコの作曲家、音楽教師。
1852年5月29日、タルノーポリ(Tarnopol)生まれ(当時はオーストリア領)
現在:ウクライナのテルノーピリ(Тернопіль)

ハンガリー貴族の血を引いている。

プラハ音楽院(Pražská konzervatoř)で、ヴィレーム・ブロデク(Vilém Blodek)に学ぶ。

1873年、
フランチシェク・ズデニェク・スクヘルスキー(František Zdeněk Skuherský)
の運営する、プラハオルガン学校(Varhanická škola v Praze)で、
理論と実践を学び、作曲を始める。

1876年から8年間、
ラーニ城(Zámek Lány)のフュルステンベルク家(Fürstenberg)で音楽の家庭教師を行い、
また、ピアノの演奏会に、オーストリアのルドルフ皇太子も鑑賞に訪れるなど、
貴族界からの好評を得る。

1884年、プラハのミェシュチャンスカー・ベセダ(Měšťanská beseda)
で演奏会を開催し、好評を博す。

1889年、プラハ音楽院のピアノの教授に就任。

1901年、室内楽の教師となる。

カレル・ホフマイスター(Karel Hoffmeister)は、カーンからピアノを学んでいる。

1907年、カレル・クニットル(Karel Knittl)の死去により、
プラハ音楽院の音楽監督の地位を引き継ぐ。

1909年、通常授業に加えて、上級クラスを設けるが、
オーストリア財務省の圧力により閉鎖。
また、その厳格さのために反感を多く受けたため、
1918年のチェコスロヴァキア独立の後、音楽監督を辞任する。

1926年3月7日、ロウドナー(Roudná)にて没する。

【主な作品】
・歌劇『難民』
Der Flüchtling - oper
・歌劇『ジェルミナール』
Gérminal - opéra
・バレエ音楽『バヤヤ』(1897)
Bajaja - balet
・バレエ音楽『オリム』(1904)
Olim - balet
・交響詩『シャクンタラー』
Šakuntalá(Śakuntalā) - symfonická báseň
・ピアノ協奏曲
Klavírní koncert(Koncert pro klavír a orchestr)
その他、室内楽、声楽曲、チェコ伝承曲のピアノアレンジなど

【資料】
Jindřich Kàan z Albestů - Wikipedia Čeština
http://www.musiklexikon.ac.at/ml/musik_K/Kaan_Familie.xml

バレエ音楽『バヤヤ』より、マズルカ(Mazurka)
http://www.youtube.com/watch?v=f4KYn6Y3At4


9月12日に、YouTube内を適当に閲覧していたところ、
インドジフ・カーンのバレエ音楽『バヤヤ』が上げられているのを発見。
早速、Twitterで紹介。
https://twitter.com/OtsukaSatoru/status/378148611428589568

インドジフ・カーンそのものもこの時初めて知ったのですが、
「バヤヤとは何ぞや?」と思って調べてみると、チェコの民話(伝説)だそうですが、
チェコアニメ界の巨匠、イジー・トルンカ(Jiří Trnka)が、
1950年に、『バヤヤ』の長編の人形アニメーションを制作している事を知る。

トルンカの名前はずっと以前から知っていましたが、
チェコのアートアニメは「メジャー」というイメージを抱いていたため、
余り積極的に目を向けていませんでした。
アニメーション史等の文献で「バヤヤ」の名前は目にしている筈ですけど、
多分憶えられなかったという事でしょう。

奇遇にも、それからそんなに日数が経っていないにもかかわらず、
吉祥寺バウスシアターで『Best of チェコアニメ映画祭』
が開催されるという事を知り、そのプログラムに『バヤヤ』も組まれていました。

これには驚きでした。

で、早速鑑賞しました。
タイミングが良すぎです。

BGMがオペラ調であるため、クラシック音楽好きの私はその意味でも愉しめました。

しかし残念なんですが、もう「バヤヤ」の上映プログラムは終了しております。
『Best of チェコアニメ映画祭』そのものは、11月まで続いており、
現在は、別プログラムが上映されています。
http://www.baustheater.com/joeichu.htm#c_anime

「バヤヤ」上映の初日に鑑賞し、この記事中に
「バヤヤはまだ○○日までやっておりますので、宜しければご覧下さい」
みたいな事を書けば良かったのかも知れませんけど、
その時は仕事その他で多忙だったため、無理でした。

これを書いている23日現在、
長編人形アニメ『チェコの古代伝説』(Staré pověsti české, 1952)
という、『バヤヤ』と並ぶトルンカの代表作が25日まで上映中。
これも見に行こうと思っています。



◎『バヤヤ』のお話(途中まで)
父と二人で暮らす貧しい青年バヤヤは、
ある夜、白馬が家の近くにいるのに気付く。

実はそれは、母の化身であった。

バヤヤは、母の化身である白馬に飛び乗り、旅をする事にした。

丁度その頃、お城では王様が、邪悪な龍に、
「おまえの一番大切なものを差し出せ」と脅されていた。

大事な3人の姫を差し出す様に脅された王様は、
塞ぎ込んでしまった。

バヤヤは、貧しい吟遊詩人に化けて宮廷に入り込むが、
姫が龍に差し出されようとする時に騎士の姿で現われ、龍を退治する。

助けられた姫たちは、騎士の姿のバヤヤに憧れるものの、
吟遊詩人姿のバヤヤが同じ人である事に気づかず、バカにし、
求婚を突っぱねてしまう・・・。

Bajaja 1950.jpg




身なりや身分で人を判断してはいけない教訓を感じる中々のお話でしたが、
母が何故白馬になったのか?
また、母の理不尽な最期も気になりました。
いつまでも親に頼ってはいけないという暗喩?



◎他の作曲家による『シャクンタラー』のクラシック音楽作品
「シャクンタラー」(शकुन्‍तला, Śakuntalā)とは、
インドの叙事詩『マハーバーラタ』(महाभारत, Mahābhārata)
に登場する女性の名前。
シャクンタラー(Wikipedia)

フランツ・シューベルト(Franz Schubert)が、
オペラ『シャクンタラー』(Sakuntala D.701)を、
1820年に書いているそうですが、
Wikipediaによると、2幕分のスケッチに留まっているそうです。
でも、何故か音源があります。
誰かがそのスケッチを元に、オーケストレーションでも施したのでしょうか?
http://ml.naxos.jp/work/254173

カール・ゴルトマルク(Karl Goldmark)が、
演奏会用序曲『シャクンタラー』(Sakuntala Ouvertüre, op.13)を、
1865年に書いています。

フレデリック・ディーリアス(Frederick Delius)が、
テノール独唱と管弦楽のための『シャクンタラー』
(Sakuntala for Tenor and Orchestra)を、
1889年に書いています。

フランコ・アルファーノ(Franco Alfano)が、
オペラ『シャクンタラー伝説』(La leggenda di Sakuntala)を、
1921年に書いています。

インドジフ・カーンの、交響詩『シャクンタラー』を是非とも聴いてみたいです。



◎コール・ミレニアム オーケストラ・ナデージダ合同特別演奏会
鑑賞記
去る、10月13日に行われた演奏会、とても愉しめました。

スターウォーズにでも使えそうな爆裂的な『アゼルバイジャン奇想曲』(アミロフ)は、
是非とも生で聴いてみたいと思っていました。

無名の『ギュリサーラ序曲』(グリエール)は、私的に今回の目玉でしたが、
内容の豊かさや迫力ある表現が、とても聴き応えアリでした。
若干長いと感じましたが、「退屈」という意味ではなく、深い、という意味で。

その一方、『ポーロヴェツ人の歌と踊り』(ボロディン)は、有名で定番ながら、
いつ聴いてもその深い魅力に聴き惚れてしまう。

交響曲第2番『讃歌』(メンデルスゾーン)は、
有名作曲家による余り演奏機会のない曲ですが、
冒頭を初め、全編を通して顔を出す主題が、妙に『聞け万国の労働者』や
『箱根八里』に似ているため、聞いている途中で空耳の如くそれらの曲が
頭に湧いてきました。困ったものです。

いずれにしても、それらの曲を、
レベルの高い演奏技術に拠る素晴らしい演奏で愉しませてくれました。

また、小うるさい腕白少年がいて、会場時間が待てず騒いでいて、
係の人を困らせていました。

その子、よりによって私の座席の斜め後で、季節の変り目のせいなのか、
咳をしていて、音楽鑑賞がちょっと邪魔されました。
全ホールに声が響いておりました。

一瞬ロシア語を喋ったので、ロシア系の子らしい。
通りで、顔立ちが整っていました。日露二ヶ国語喋れるのでしょうね。

後半は、私の後に白人夫婦が座ったのですが、ドイツ語を喋っていました。
メンデルスゾーンの曲に合わせて来たようです。

そして例の少年は、親許に行ったようです。

前半は、ロシア系(ウクライナのグリエールも含む)の曲でしたが、
後半は、メンデルスゾーンの『讃歌』(ドイツ語の歌詞)。

偶然とはいえ、示唆的な状況が面白かったです。

最後のアンコールを、声楽付きの『フィンランディア』で締めくくったのも、
とても良かったです(如何にもハッピーエンドという感じで、
締めくくりに最適な曲ではないかと思います)。

《転載終了》
posted by Satos72 | ┌ チェコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする