2017年07月30日

超マイナークラシック音楽情報(5)フィンランド編

https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11552317851.html
2017年7月19日

《転載開始》

音楽の記事は久々です。
今回は、大分前から書こうと思っていてストックしてあったネタです。





KarlCollan1864.jpg
カール・コッラン(Karl Collan)
1828年1月3日、イーサルミ(Iisalmi)生まれの作曲家、作家。

ユーハン・ルードヴィーグ・ルーネベリ(Johan Ludvig Runeberg)
サクリス・トペリウス(Zachris Topelius)などの作品に曲をつける。

1847年に最初の音楽作品集である、
ピアノ伴奏つき歌曲集(Sånger vid pianoforte)が出版され、
人気を博す。

フィンランドの民俗詩に曲をつける。
フィンランド民謡を蒐集し、
1854年と1856年にフィンランド民謡集出版。

文芸誌を創刊(1863-1865年)
フィンランド民族叙事詩「カレワラ」のスウェーデン語訳を出版。
ハインリヒ・ハイネのスウェーデン語訳も行う。

1859年、ヘルシンキ大学でドイツ語の講師となる。
1866年、大学図書館の司書となる。
1871年9月12日、ヘルシンキにて没する。
Karl Collan - Wikipedia Svenska

ヴァーサ行進曲(Vaasan marssi)
コッランの代表作と思われます。
RPG要素を感じたので、
作曲ソフトでフルオーケストラ版でも作ろうかと思いました。
http://www.youtube.com/watch?v=dLTe2u2Cf8w

 
吹奏楽版
https://www.youtube.com/watch?v=KMI4rsA8oks

 
ピアノ版
https://www.youtube.com/watch?v=GH13aDV23Sw






200px-Karl_Theodor_Flodin.jpg
カール・テオドール・フルディーン(Karl Theodor Flodin)
1858年7月10日、ヴァーサ(Vaasa)生まれの
作曲家、作家、音楽評論家。

リカルド・ヴィルヘルム・ゴットリーブ・ファルティン
(Richard Wilhelm Gottlieb Faltin)
にピアノ、音楽理論、作曲を学んだあと、
ライプツィヒ音楽院で、
ザーロモン・ヤーダスゾーン(Salomon Jadassohn)
カール・ピュッティン(Karl Piuttin)らに学ぶ。

スウェーデン系フィンランド人の芸術家や音楽家等の集団、
「エウテルペ・グループ」(Euterpe-ryhmä)
に参画。
同名の雑誌が1900〜1905年まで刊行された。

1925年11月29日、ヘルシンキに没する。
Karl Flodin - Wikipedia Suomi

マツユキソウ(スノードロップ)(Schneeglöckchen)
https://www.youtube.com/watch?v=qk2sizOgcU4






GabrielLinsen1898.jpg
セリム・ガブリエル・リンセーン(Selim Gabriel Linsén)
1838年7月22日ヘルシンキ生まれの、
作曲家、ヴァイオリニスト、合唱指揮者、オルガン奏者、音楽教師。

妹のヨハンナ・マティルダ・リンセーン(Johanna Matilda Linsén)は、
スウェーデン初の盲学校の創立者だった。

妻のマリア・ナターリア・ボレリウス(Maria Natalia Borelius)は、
写真家だった。

1856年、ライプツィヒ音楽院での研究のため、
政府の助成金を受ける。

帰国後の1860〜1865年、音楽教師や、
フィリップ・フォン・シャンツ(Filip von Schantz)の劇場オーケストラや、
女子聖歌隊の合唱指揮などをつとめる。

1865年にポルヴォー(Porvoo)に移り、
1888年より教会のオルガニストとして働く。

1907年まで音楽教師をつとめる。

1914年4月5日、ポルヴォーで没する。
Gabriel Linsén - Wikipedia Suomi

カンガサラの夏の日に(En sommardag i Kangasala
詩:サクリス・トペリウス
歌:マウノ・クースィスト(Mauno Kuusisto)
https://www.youtube.com/watch?v=5mogeRWqipU

 
ピアノ版編曲:オスカル・メリカント(Oskar Merikanto)
ピアノ:舘野泉
https://www.youtube.com/watch?v=jxhx4OzGeqA






ハンネス・コトカ(Hannes Kotka, 1898-1934)
彼についての情報がよくわからない、謎の作曲家。
東洋風メヌエット(Orientale; Menuetto)
https://www.youtube.com/watch?v=LNewbnObUR8






Sam-Sihvo-1910s.jpg
サムリ “サム” シフヴォ(Samli "Sam" Sihvo)
1892年10月30日、ヌルメス(Nurmes)生まれの、
作曲家、作詞家、軍人。

ヘルシンキ音楽院(Helsingin musiikkiopisto)で学ぶ。

1915年、
ドイツで第27猟兵大隊(Jääkäripataljoona 27)の軍事訓練を受ける前、
音楽家として働いていた。

第一次世界大戦の東部戦線に参加。

軍楽隊で演奏、指揮を行う。

1920年より、フリーランスの作家、作曲家として活躍。

1927年4月12日、肺炎によりヘルシンキで没する。
Sam Sihvo - Wikipedia Svenska

北の国の思い出(Muistoja Pohjolasta)
http://www.youtube.com/watch?v=WBwUur0xabI

 
フィンランドの軽歩兵(Suomen jääkäri)
http://www.youtube.com/watch?v=W-5WWyX7ez8






Armas_Launis.jpg
アルマス・ラウニス(Armas Launis)
1884年4月22日、ハメーンリンナ(Hämeenlinna)生まれの、
作曲家、音楽民俗学者。

以下、Wikipediaより転載。

ハメーンリンナ出身。
ベルリンとヴァイマルで学んだ後、
ヘルシンキ大学で教授として楽曲分析と作曲を教え、
1911年に同大学で博士号を取得した。

ラウニスは民俗音楽を収集し研究した最初の学者の一人であった。
1904年・1905年・1922年にラップランドへ、
1902年にカイヌーへ、1903年・1906年にイングリアへ、
1902年・1905年にカレリアへ、1930年にエストニアへ旅行し、
現地の人々から聞き取り調査を行い、民謡の採譜と録音を行った。

ラウニスは音楽教育にも関心があり、
民俗音楽院を創設し、1930年まで院長を務めた。

1930年よりフランスのニースに移住し、
フランスとフィンランドとの文化交流に積極的に参加した。
またフィンランドとのつながりを保つために
フィンランドの新聞に積極的に寄稿を行った。

作曲の中心は10のオペラであり、
フィンランド初のオペラ・コミックである『7人の兄弟』(1913年)、
『クレルヴォ』(1917年)、
『アスラク・ヘッタ』(1922年)などの作品がある。

また後期のオペラ『ユディト』(1937-40年)や
『テオドラ』(1930年)では
北アフリカで採取したベルベル人や
ベドウィンの音楽の影響を受けている。

オペラ以外には室内楽曲、カンタータ、
合唱、管弦楽組曲などがある。
また1921年には映画『カレリアの結婚』の音楽を担当している。

転載終了。
1959年8月7日、フランスのニース(Nice)で没する。
アルマス・ラウニス - Wikipedia

この作曲家は、かなり以前からWikipedia頁が作成され、
オペラのCDもリリースされているにもかかわらず、
私が確認した時には既に廃盤となっており、
またYouTubeには「アスラク・ヘッタ」が上げられているものの、
制限があって聴けない様になっており、
どんな感じの作品なのかずっと分からないままでした。

Naxosのミュージック・ライブラリーに、
「アスラク・ヘッタ」(Aslak Hetta)や
「北欧組曲」(Pohjoismainen sarja)
が上げられているのを見つけ、試聴してみました。

やはり、明快な作風で聴き応えアリでした。

ODE1050-2D.jpg
Ondyne【ODE1050-2D】

《転載終了》
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2017年07月16日

ヤーニス・メディンシュ(Jānis Mediņš)を聴く(3)(YouTubeから)

https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10345601435.html
2009年9月19日

《転載開始》

Jānis Mediņš.jpg
Jānis Mediņš - Wikipedia Latviešu
 
ヤーニス・メディンシュ
Jānis Mediņš(1890-1966)
ヤーニス・メディンシュ
Jānis Mediņš(1890-1966)
 
ピアノ協奏曲第1楽章(Klavieru Koncerts)1.daļa
ピアノ:ヴィルマ・ツィルレ(Vilma Cirule)
指揮:ツェンティス・クリチス(Centis Kriķis)


 
以前紹介したメディンシュの曲に比べれば、
一段と自由さがあるというか、美しさが弱まり、
時代を思わせる不穏な雰囲気が加味されていますが、
基本的にはロマン派です。
 
ラフマニノフや、印象派などの雰囲気が感じられます。
宇宙戦争映画のBGMにでも使えそうなメロディもあります。
特に印象的なのは、冒頭やクライマックス、中間附近にある、
民謡風のフレーズ。
 
残念なのは、古いレコードからの録音らしく、音飛びが顕著なこと。
CD化されていないらしい事は、検索で確認しました。
『Janis Medins Piano Concerto』『Jānis Mediņš Klavieru Koncerts』
で検索しても、CDが全くでてきません(2009.9.19現在)。
NAXOS辺りが出すとかしないのかな(結構ね、願いが届かないんですわ)。
 
話は変わるんですが、
メディンシュの『ピアノのための民謡集』(Dainas)のリサイタルが、
2年前に東京オペラシティで開かれていました。
もし知っていたら、絶対行ってました。
フランツ・リストやイサーク・アルベニスらの曲と一緒に、
ダイナの6〜12番までの演奏をしたようです。
ピアノ:ソルヴェイガ・サルガ(Solveiga Selga)
CDを幾つか出しているようですが、
特定の場所に問い合わせしないと手に入らないようです。
Amazonなどの主要販売サイトに出てないんですわ。
ソルヴェイガ・サルガ ピアノリサイタル Live in Tokyo 2007
 
【追記】2017/8/21
肖像写真追加

《転載終了》
タグ:ラトヴィア
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2017年07月02日

超マイナークラシック曲情報(ラトビア・エストニア)

https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10345794662.html
2009年9月19日

《転載開始》

日本では殆ど全く知られていない
マイナーなクラシック作曲家その他のレア情報を
幾つか発見したので、取り敢えず紹介します。
ここに紹介した作曲家は、
少なくとも聴けた限りでは皆ロマンティック(穏健)な作風であり、
聴けてない作曲家の曲も、
生年から察してロマンティックな分かりやすい曲を書く
作曲家だろうと思います。
(追記:ヤーニス・カルニンシュの生没年を、
誤ってヤーニス・メディンシュの生没年と混同して出していました。
ここにお詫びして訂正します。)
 
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Jānis_Kalniņš.jpg
Jānis Kalniņš - Wikipedia Latviešu
 
ヤーニス・カルニンシュ(1904-2000)
Jānis Kalniņš
『ラトビア狂詩曲』(1956)
Latvju rapsodija simfoniskajam orķestrim
イェーカプス・メディンシュ(Jēkabs Mediņš)
という作曲家の存在を知った私は、
その作曲家について調べてみました。
すると、以前にも何度か紹介した作曲家であるヤーニス・カルニンシュの
『ラトヴィア狂詩曲』を、ついでにたまたま発見してしまいました。
Jānis Kaijaks - Latvijas Mūzikas informācijas centrs
ヤーニス・カルニンシュは、
19世紀後半的な分かりやすい作風を示しており、
国民楽派フェチにとってはたまらないお宝であろうと思いますが、
何分録音の存在を確認しておりません。
ラトヴィアは現在、財政的に大変な状況に喘いでいるようなので、
今のところ自国の作曲家の紹介に
力を入れる場合ではないのかも知れません。
でも、こういった『平均的にウケそうなの』が概ね顧みられず、
現代音楽系の一般聴衆を置き去りにした様な作曲家ばかり
光が当てられている気がするのは、気のせいでしょうか?
あと、有名な曲ばかりとか。
つまり、概ね無名で尚且つ親しみやすい曲が
不遇の扱いを受けていると思うのです。
カリンニコフが永年不遇だったことが何よりの証拠。
話はちょっとズレますが、『権威』と『ミーハー』って、
相反する様に見えて、実はベクトルが同じ気がする。
有名な認められているものばかりに目を向けるという意味では。
まあ、ミーハーさんは権威の後追いをするだけですから、
ベクトルが近いのも頷けます(何だか私、とんでもない事言いました?)。
 
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Jēkabs_Mediņš.jpg
Jēkabs Mediņš - Wikipedia Latviešu
 
イェーカプス・メディンシュ(1885-1971)
Jēkabs Mediņš
『トランペット協奏曲』
Koncerts trompetei un orķestrim
『トロンボーン協奏曲』
Koncerts trombonam un orķestrim
『ホルン協奏曲第2番』
Otrais koncerts mežragam un orķestrim
イェーカプス・メディンシュについて調べると、
上記の曲を書いているとの情報を公開しているサイトを発見。
上に示したアドレス先のページと一緒です。
Jēkabs Mediņš - Latvijas Mūzikas informācijas centrs
どんな曲なのかは全く分かりませんが、
生年が1885年でラトビアだという事を考えると、
ロマンティック(穏健)な作風の可能性が高そうです。
Праздник песни и танца
Mediņš, Jēkabs - KAKTUSS
合唱コンクールの課題曲にも彼の曲が使われているようです。
大きな愛の木よ(MĪLESTĪBAS KRĀŠŅAIS KOKS)1959
過去のコンクール記録 - 安積高校合唱団ホームページ
我が祖国に(Tēvu zemei )1940
Mediņš, Jēkabs (Latvia) 1885-1971
 
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Juhan Aavik.jpg
Aavik, Juhan | Estonian Music Information Centre
 
ユハン・アーヴィック(1884-1982)
Juhan Aavik
『エストニア狂詩曲』(1929)
Eesti Rapsoodia
『ラトビア狂詩曲』を発見したその流れで、
『エストニア狂詩曲』って無いだろうか?
と探してみました。
『リトアニア狂詩曲』は、ポーランド版リヒャルト・シュトラウス、こと、
ミェチスワフ・カルウォヴィチ(Mieczysław Karłowicz)が作曲していて、
尚且つCD化もされています。
(そのCDを持っています)
宗教音楽は別として、エストニアのクラシック音楽の歴史は浅く、
エストニア初の管弦楽曲が作曲されたのは、
1890年代にもなってからです。
ルドルフ・トビアスの『ユリウス・カエサル序曲』
(Rudolf Tobias, Sümfooniline avamäng ”Julius Caesar” 1896)
が最初です。
アルトゥル・カップの『劇的序曲ドン・カルロ』
(Artur Kapp, Sümfooniline avamäng ”Don Carlos”1899)
がそれに続きました。
それを思えば、アーヴィックは、
エストニアクラシック音楽黎明期の作曲家の一人と
看做せそうです。
>つまり、穏健な作風であるに違いない。
 
何と、冒頭の部分だけですが、視聴する事が出来ます↓
あんまりよく分かりませんが。
NAXOSの音楽配信サイトの様なノリ?
指揮:ロマン・マツォヴ(Roman Matsov)
演奏:エストニア放送交響楽団(Eesti Raadio sümfooniaorkester)
muusika24.ee
 
こちらでは、詳細が述べられています↓
幾つもの協奏曲の他、交響曲は2篇も書いているようです。
多作なのに勿体無い。
これから目を向けられる事を、祈っています。
Works - Aavik, Juhan | Estonian Music Information Centre
 
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Eduard Tamm.jpg
Eduard TammのDiscogsにおけるディスコグラフィ
 
エトゥアルト(エドゥアルド)・タンム(1879-1941)
Eduard Tamm
『エストニア狂詩曲』(1933)
Eesti Rapsoodia
『エストニア祝典行進曲』
Pidulik eesti marss
もう一人、『エストニア狂詩曲』を書いている人がいました。
生年をご覧ください。
エストニアクラシック音楽の祖の一人、
アルトゥル・カップの1コ下です。
YouTubeに出ている曲(後述)を聴いて、
穏健な作風であるのが分かりました。
 
しかも、CD化されています↓
2009年に出たばかりのようです!!
エストニア語が分かれば、クレジットで買えるのかも知れません。
(追記:2016年にエストニアに買い付けに行った所、売り切れでした)
指揮:ペーテル・サーン(Peeter Saan)
演奏:エストニア国防軍軍楽隊(Esitab Eesti Kaitseväe Orkester)
Eduard Tamm Eesti rapsoodia - Lasering
 
Eesti rapsoodia.jpg
Eesti rapsoodia by Eduard Tamm - Rate Your Music
 
が、AmazonやHMV、タワレコでは取り扱ってくれないのだろう?
マニアックすぎるから。
外国のサイトでの購入が不安(というかよく分からない)なので、
直接エストニアに買い付けに行くかも知れません。
 
でも、タンムの他の曲なら、
日本に居ながらにしてCDが手に入るようです。
『エストニア祝典行進曲』です↓
MBレコード - Biglobe
MBレコード - Biglobe
英語販売サイトによる販売↓
estore.ekn.ca
eBay
 
Eestimaa, mu isamaa.jpg

YouTubeに曲が上がっています↓
『エストニア祝典行進曲』とは別物のようですが、
中々聴き応えはあります。
行進曲, Marss ”Sievershaus”(1902)

 
 
 
【追記】
ヤーニス・カルニンシュ、イェーカプス・メディンシュ、
ユハン・アーヴィック、エトゥアルト・タンムの肖像写真追加>
1885-1971, 1972? → 1885-1971
ユハン・アーヴィク → ユハン・アーヴィック
エトゥアルト・タム → エトゥアルト・タンム
切れたリンクは、新しい頁の貼り直しか、トップ頁名の表示。
「Eestimaa, mu isamaa」「Eesti rapsoodia」の画像貼り直し
(2017/8/11)

《転載終了》
posted by Satos72 | テーマ別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする