2017年01月29日

オーストラリアのクラシック音楽の作曲家特集!!

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12241042677.html
2017年1月24日

《転載開始》

クラシック音楽の記事は久々です。

前回クラシック音楽の記事を書いたのは、昨年の9月21日です。

まあこの後、フィンランド・エストニア旅行に行き、
そのブログ旅行記も内容が厖大でしたし、更に、
オリジナル作品を制作する意欲も非常に湧いたため、
人の作品の紹介記事が大幅に減ったからというのもあります。

さて今回は、オーストラリアのクラシック音楽のご紹介となります。

“オーストリア”ではございません!!

“オーストリア”です!!

通常、全く知られていませんよね?

そんなわけで、いってみましょう!!

Alfred Hill 8_570491.jpg
ヒル:弦楽四重奏曲集 1 - 第1番 - 第3番 - ナクソス・ミュージック・ライブラリー

アルフレッド・ヒル(1869-1960)
Alfred Hill

1869年12月16日、メルボルン生まれの、
オーストラリア、ニュージーランドの作曲家、指揮者、音楽教師。

幼少時の大半を、ニュージーランドで過ごす。

1887〜1891年まで、ライプツィヒ音楽院で、
グスタフ・シュレック(Gustav Schreck)、ハンス・ズィット(Hans Sitt)、
オスカー・パウル(Oscar Paul)に学ぶ。

その後、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)で、第二ヴァイオリン奏者を務める。
その時、ブラームス、グリーグ、チャイコフスキー、ブルッフ、ライネッケなどが、
指揮者を務めていた。

ドイツで書かれた作品の幾つかはその地で演奏され、出版された。

ニュージーランドに戻ると、
ウェリントン交響楽協会(Wellington Orchestral Society)の監督を務める。
また、ヴァイオリン教師、独奏者、室内楽奏者、合唱指揮者なども務める。

ニュージーランド音楽院(New Zealand Conservatorium of Music)
(訳者注:「ニュージーランド音楽学校」(New Zealand School of Music)
の前身か?)や、ロトルア(Rotorua)の
マオリ研究財団(The foundation of an institute of Māori)で活躍。
(訳者注:「ニュージーランド・マオリ美術工芸研究所」
(New Zealand Māori Arts and Crafts Institute)の前身か?)

この期間、マオリの主題による最初の弦楽四重奏曲を完成させる。
同曲は第一次世界大戦の前後、
アメリカのゾールナー弦楽四重奏団(Zoellner Quartet)の定番曲となる。

1901年1月1日、オーストラリア連邦(Federation of Australia)の行事の一環として、
1万人の聖歌隊と10もの吹奏楽団による演奏を実施する。

1911年、シドニーに定住後、
オーストラル交響楽大学(Austral Orchestral College)の校長と、
オーストラル弦楽四重奏団(Austral String Quartet)のヴィオラ奏者を務める。

1913年、オーストラリアにオペラを根付かせるために、
フリッツ・ハート(Fritz Hart)と共に、
オーストラリア・オペラ・リーグ(Australian Opera League)を立ち上げる。

シドニー・レパートリー劇場協会(Sydney Repertory Theatre Society)や、
ニューサウスウェールズ音楽協会(Musical Association of New South Wales)
の財団理事会を創設する。

1915〜1916年、NSW州立音楽院(NSW State Conservatorium of Music)
(訳者注:「シドニー音楽院」の前身)を設立し、
その最初の音楽理論と作曲の教授となる。

1932年、オーストラリア放送委員会(Australian Broadcasting Commission)
を結成する。

1947年、オーストラリア作曲家協会(Composers' Society of Australia)
の会長に就任する。

1953年、大英帝国勲章(Order of the British Empire)を、
1960年、聖マイケル・聖ジョージ勲章(Order of St Michael and St George)
を授与される。

1959年、90歳の生誕を祝う祝賀演奏会が、
ヘンリー・クリップス(Henry Krips)の指揮、
シドニー交響楽団(Sydney Symphony Orchestra)の演奏で行われる。

1960年10月20日、90歳で死去する。

【主な作品】
・交響曲第1番 変ロ短調「マオリ」(1896-1900?, 1901?)
Symphony No. 1 in B flat minor, "Maori"
・交響曲第3番 ロ短調「オーストラリア」
Symphony No. 3 in B minor, "Australia"
・交響曲第4番「幸福の追求」
(※同名の映画が「幸せのちから」と訳されている)
Symphony No. 4, "The Pursuit of Happiness"
・交響曲第5番「謝肉祭」
Symphony No. 5, "Carnival"
・交響曲第6番「ゲール風」
Symphony No. 6, "Gaelic"
・交響曲第7番「月の黄金の角」
Symphony No. 7, "The Moon's Golden Horn"
(※交響曲は全13曲)
・ピアノ協奏曲 イ長調(1941)
Piano Concerto in A major
・弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調 「マオリ」(1896)
String Quartet No.1 in B flat major, "Maori"
・弦楽四重奏曲第2番 ト長調「マオリの伝説より、4つの情景」
String Quartet No.2 in G minor, "A Maori Legend in 4 Scenes"
(※弦楽四重奏曲は全17曲)
・歌劇「タプ」(1913)
Opera "Tapu"
・歌劇「テオラ」(1913)
Opera "Teora"
・カンタータ「ヒネモア」
Hinemoa, cantata
Alfred Hill (composer) - Wikipedia English

交響曲第1番 変ロ短調「マオリ」
https://www.youtube.com/watch?v=Be683kKfeOA


交響曲第3番 ロ短調「オーストラリア」より、第3楽章
https://www.youtube.com/watch?v=aZDlCsyJtGI


弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調「マオリ」より、第1楽章
https://www.youtube.com/watch?v=BbyX_5mwwME


この作曲家は知らなかったのですけど、調べてみたところ、
マルコ・ポーロやナクソスから幾つもCDが出ている様です。

Hyperionの「ロマン派の知られざるピアノ協奏曲シリーズ」
からもピアノ協奏曲が出ています。

でも、幾つか聴いてみた感想ですけど、
マオリの民族的な響きというものを余り感じず、
お行儀の良い穏健なロマン派という感じで、
聊か物足りなさを感じます。

オーストラリアがクラシック音楽の世界にとって辺境の地だから、
クラシック音楽愛好家から軽視されているから?
という以前の問題です。

ここに貼った交響曲第3番「オーストラリア」は、
多少は異国情緒を感じさせますが。

ロマン派の作品として聴く分には申し分無いと思うのですが、
表題に「マオリ」とか出ていると、それなりに期待してしまい、
実際に聴いてみてそれほどでもないなとガッカリします。

でも、アルフレッド・ヒルの経歴を訳してみたのですけど、
凄いですね!!

オーストラリアの音楽の基礎を築いたと言って良いのかも知れません。

更に、日本では知られていないと思われる組織が数多く出ていたので、
それを日本語訳するのに苦労しました。

「Federation of Australia」なんかは、
対日本語訳がどこにも出ていません。

「オーストラリア連邦」と訳しましたが、
「Commonwealth of Australia」が通常そう訳されているのです。

因みに、マオリの歌として有名と思われるものに、
「ポカレカレ・アナ」(Pokarekare Ana)
というラヴソングがあります。
(歌:グウィル・ゴーベス Gwyl Gobaith)
https://www.youtube.com/watch?v=4DsfVXh-H3w


ニュージーランドに伝わる民謡を元に、
マオリの作曲家、パライレ・トモアナ(Paraire Tomoana)が、
1917年に作曲したのだそうですけど、今年で丁度100年ですね。
ポカレカレ・アナ Pokarekare Ana - 世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM

【主な作品】の項目に出てくる
「タプ」(Tapu)
が一体何なのか気になり調べてみた所、
ポリネシアの伝統的概念で、
神聖不可侵な規則、禁止、禁忌の事を指すそうです。
「カプ」(Kapu)とも言うそうです。

「タブー」(Taboo)という言葉がありますけど、この言葉の語源が、
実は「タプ」なんだそうで、知りませんでした。
Tapu (Polynesian culture) - Wikipedia English

南国の刺青文化は、それと密接に関わっている様ですね。
世界のトライバルタトゥーの歴史と紹介C - タトゥーナビ

同じく
「テオラ」(Teora)
について調べてみたところ、
「生命」「人生」を意味するポリネシア語だとのこと。
ハナウマ テオラ リング 6mm ポリネシアンジュエリー [NUIHERE/ヌイヘレ]

「ヒネモア」(Hinemoa)
についても調べてみました。
ニュージーランド北部の湖「ロトルア湖」(Lake Rotorua)にまつわる、
「マオリ族の最も有名な伝説のひとつ」で、
「湖岸の長の娘ヒネモアが
モコイア島(Mokoia Island)に住む
恋人のツタネカイ(トゥタネカイ, Tutanekai)のもとへ
湖を泳ぎ渡ったと言われる、有名な恋愛物語」
(Wikipedia)だそうです。
ロトルア湖 - Wikipedia

というわけで、
本当は「オーストラリアのクラシック音楽特集」の筈だったのですが、
アルフレッド・ヒルの分だけでもかなりの分量となった上に、
近々参加する様々なイベントの準備のために、
その方面へエネルギーを注がなくてはならなくなりました。

なので、以下の作曲家については、
名前とYouTubeの音声を貼るだけに留めます。

後日、詳細に紹介できれば良いなと思います。

ミリアム・ハイド(1913-2005)
Miriam Hyde
ケルソー序曲(1959)
Kelso Overture
https://www.youtube.com/watch?v=7gYUBMUM3_s


エレナ・カッツ=チェルニン(1957-)
Elena Kats-Chernin
ピアノ協奏曲第2番
Piano Concerto No. 2
http://www.youtube.com/watch?v=bUQyVuon9yo


《転載終了》
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2017年01月22日

ジョニー・ハイケンス(Jonny Heykens)オランダの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10420521353.html
2009年12月27日

《転載開始》

Jonny Heykens.jpg
Youtube

ジョニー(ショニー)・ハイケンス(Jonny Heykens, 1884-1945)
は、唯一『セレナーデ』(Ständchen, op.21-1)で有名です。
ホームミュージックなどのオムニバスの管弦楽曲集によく登場します。
1943年の日本放送協会のラジオ番組「前線へ送る夕」や、
戦後の国鉄の社内放送用チャイムに
一部が使われた事で有名になったそうです
(現在でも使われているとのこと)。
車内チャイム↓
http://www.youtube.com/watch?v=glEiLZIe3I8

明るく朗らかな曲です。
しかし、ナチスへの協力的姿勢を疑われ、
逮捕されて獄中で謎の自殺を遂げるという異常な死に方をしています。
『セレナーデ』以外全く演奏されないのは、
「こうした事情が影響しているものとみられる」とは、Wikipediaの言。
ジョニー・ハイケンス - Wikipedia
リヒャルト・シュトラウスも同様の嫌疑を掛けられましたが、
息子がユダヤ人と結婚していたり、
一部でユダヤ人擁護の姿勢を取った事などのお蔭か、
無罪となりました。
『セレナーデ』は作品番号が21なので、
少なくとも21曲は作られているというのが分かります。
私は、『セレナーデ』以外の彼の作品が知りたくなりました。
で、ネット上から何とかほんの少しだけ探し出せました。
因みにYouTubeでは、『セレナーデ』以外見つかりませんでした。

妖精の踊り(Elfentanz, op.3)
言葉を翻訳するのが面倒なんで、内容はよく分からないのですが、
ダウンロード販売でもしてるんでしょうか?
聴いてみたいと思うんですが、やり方がよく分かりません。
Elfentanz op. 3 (Musical score, 1953) [WorldCat.org]

ネット上の解説などを色々見て回りました。
『セレナーデ』の原曲はピアノ曲であるとか、セレナーデ以外は不明とか、
そもそもどんな音楽活動をしていたのかも不明だとか、色々出てました。
一番詳細な解説はこちら↓
http://www.fsinet.or.jp/~mayumi/MIDI_Commentary.htm(リンク切れ)
 
『セレナーデ第2番』(Second Serenade)もネットに出ていたりします↓
ピアノ独奏用楽譜のようです。
Heykens Second Serenade - eBay

有名な方のセレナーデは、”第1番”です。
YouTubeには、『原曲』と称してバグパイプと管弦楽版のが出ています↓
http://www.youtube.com/watch?v=8FZ5NPS0CcU

私がオムニバスのホームミュージックで聴いたのとは
少しメロディが違います。
楽器編成はともかく、メロディそのものがオリジナルという事でしょうか?
これ以上は分かりません。
『セレナーデ』や『妖精の踊り』以外は、空襲で灰になったのか?
逮捕された時処分されたのか?どこかに封印されているのか?
有名だけど、謎に包まれてもいる作曲家でした。



【追記】2017/1/29
画像1枚追加。
リンク貼り直し(リンク切れはその旨追記)。

《転載終了》
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2017年01月15日

CD化を希望するマイナークラシック曲(7)セルビア編

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10426985736.html
2010年1月4日

《転載開始》

以前、バルカン地方のクラシック音楽について紹介した事がありますが、
今回はその続編という感じでしょうか。
いつもの様に受け売りなんですが、いってみましょう。



20世紀セルビアの作曲家
マルコ・タイチェヴィッチ(1900-1984)
Марко Тајчевић
Marko Tajčević
Марко Тајчевић.jpg
Марко Тајчевић-Друга балканска игра - МУЗИКА - WordPress.com
という人がいまして、その人の書いた
『7つのバルカン舞曲』(1927)
Sedam balkanskih igara
を以前紹介したわけですが、
そのセルビアクラシック音楽の重要な創始者の1人が
ステヴァン・ストヤノヴィッチ・モクラーニャッツ(1856-1914)
Стеван Стојановић Мокрањац
Stevan Stojanović Mokranjac
Стеван Стојановић Мокрањац.jpg
Стеван Стојановић Мокрањац - Wikipedia Српски / srpski
という人だそうで、
民族音楽の収集や研究、教育者、聖歌の作曲家として活躍。
ステヴァン・ストヤノヴィチ・モクラーニャツ - Wikipedia, 日本語



実は、それに先立ち、
ヨジェフ・シュレズィンゲル(1794-1870)
Јожеф Шлезингер
Jožef Šlezinger
が、「セルビアに来て、王子楽隊を創設し、
楽隊が演奏する民俗音楽を土台とした音楽を作曲した」そうです。
実質彼が、セルビア民族楽派の祖?
Jožef_Šlezinger.jpg
Јожеф Шлезингер - Wikipedia, Српски / srpski



セルビア語による初の合唱曲を作曲したのは、
コルネリイェ・スタンコヴィッチ(1831-1865)
Корнелије Станковић
Kornelije Stanković
だそうです。
Kornelije Stankovic - St. Luke's Orthodox Mission
Kornelije_Stanković_2009_Serbian_stamp.jpg
Kornelije Stanković - Wikipedia, English



タイチェヴィッチと同様、20世紀の活躍になりますが、
平均的なセルビア民族楽派の作風を示した重要な作曲家として、
ステヴァン・フリスティッチ(1885-1958)
Стеван Христић
Stevan Hristić
がいます。
旋律と和声の両面で、
セルビアの民俗音楽と後期ロマン派と印象派音楽を
融合させた作風だそうです。
個人的には、こういう作風が好きです。
チェコ民族楽派で言うところの
ドヴォルジャークみたいな立ち位置でしょうね。
オペラ、バレエ音楽、管弦楽曲、器楽曲など、
あらゆる分野に作品を残しているそうです。
ステヴァン・フリスティッチ - Wikipedia, 日本語
Stevan_Hristić_2009_Serbian_stamp.jpg
Стеван Христић - Wikipedia Српски / srpski
実は、無名の作曲家の曲をよく取り扱っているcpoというレーベルが、
フリスティッチの
バレー音楽『オフリドの伝説』(1947)
Балет”Охридска легенда”
Balet ”Ohridska legenda”
のCDを出していたんですけど、
現在は廃盤になっているので残念です。
【cpo 999 582-2】



その他、
イスィドル・バイッチ(1878-1915)
Исидор Бајић
Isidor Bajić
は、
オペラ『センベリヤのイヴォ王子』(1911)
Опера ”Кнез Иво од Семберије”
Opera”Knez Iva od Semberije”
などを書きました。
Исидор Бајић-1910.jpg
Isidor Bajić - Wikipedia, English



スタニスラヴ・ビニチュキ(1872-1942)
Станислав Бинички
Stanislav Binički
は、
愛国歌『ドリーナ行進曲』
Марш на Дрину
Marš na Drinu

オペラ『夜明けにて』(1914)
Опера ”На уранку”
Opera”Na Uranku”
等を書きました。
Stanislav_Binički.jpg
Stanislav Binički - Wikipedia, English



ヨスィフ・マリンコヴィッチ(1851-1931)
Јосиф Маринковић
Josif Marinković
は、声楽曲を作曲したそうです。
Josif_Marinković_2009_Serbian_stamp.jpg
Josif Marinković Wikipedia, English
Јосиф Маринковић - Wikipedia, Српски
ロシアのレーベルから
『聖金口イオアン聖体礼儀』のCD
が出ているようですが、Amazonでは取り扱っていないようです。
http://www.pgp-rts.co.yu/katalog/izdanja/430824.html
http://www.yu4you.com/items/en/cd/item_47.html



このように色々と紹介してまいりましたが、
やはりCD化は余りされていないようです。
まあ、民族の坩堝として不安定要素がありますから、
あんまり文化の振興に力を入れる余裕が無いのかも知れません。
旧ユーゴでも、
スロヴェニアやクロアチアの辺りは安定していて平和みたいで、
それなりに文化振興や観光にも力が入っているようですが。
それはともかく、バルカン地方のより文化の振興発展を、
遠い東の果ての国より応援しています!!



【追記】
セムベリヤ → センベリヤ

フリスティッチ紹介記事に『Mystery Of The East』
というCDの販売サイトを、
バイッチ紹介記事に『Mystik des Ostens, Vol. 2』
というCDの販売サイトを、
それぞれリンクしていましたが、改めて調べてみると、
これらのCDに、それぞれフリスティッチやバイッチの曲が
収録されているのか不明であるため、リンクを取り外しました。
ここにお詫び申し上げます。

ヨスィプ・シュレズィンゲル(Josip Šlezinger)
↓ 
ヨジェフ・シュレズィンゲル(Jožef Šlezinger)
「ヨスィプ」という表記は、
Wikipediaの「セルビアの音楽」の頁に「ヨシプ」と出ていたので、
それを参考にさせていただきましたが、
正確には「Jožef」「Josif」らしい上に、
英語のWikipedia頁「Josip Šlezinger」も消えていました。
なので、リンクも「Јожеф Шлезингер」の頁に変更しました。

【追記】2017/1/17
肖像画像8枚追加。

「モクラーニャッツ」の日本語版Wikipediaでは、
「シュテファン・モクラーニャッツ」
と出ていますが(最終更新:2016年3月2日 (水) 06:53)、
セルビア語(クロアチア語)は表記通りに発音するので、>
何故そのカタカナ表記なのかは謎。

《転載終了》
タグ:セルビア
posted by Satos72 | ┌ セルビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする