2016年08月31日

アレクサンテル・ラッテ(Aleksander Läte)エストニアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10582195891.html
2010年7月5日

《転載開始》

アレクサンテル・ラッテ(Aleksander Läte)1860-1948

ピカシッラ村アークレ(Aakre vald, Pikasilla küla)生まれ
タルトゥ(Tartu)歿
エストニアの最初期のクラシック音楽家、教師、音楽評論家。
1900年、エストニア初の管弦楽団をタルトゥに創設し、
その指揮者となる。
合唱団も組織する。

【代表作】
序曲『カレヴァラ』(Avamäng “Kalevala”)1897年
合唱曲『雲に』(Koorilaulud “Pilvedele”)
合唱曲『黄金の岸辺』(Koorilaulud “Kuldrannake”)


Aleksander Läte.jpg

【参考資料】
Läte, Aleksander | Eesti Muusika Infokeskus
Aleksander Läte - Miksike
Aleksander Läte - Wikipedia Eesti

序曲『カレヴァラ』(Avamäng “Kalevala”)1897年
演奏:エストニア放送交響楽団(現:エストニア国立交響楽団)
Eesti Raadio Sümfooniaorkester(Eesti Riiklik Sümfooniaorkester)
指揮:ヴァッロ・ヤルヴィ(Vallo Järvi)
http://www.youtube.com/watch?v=j3wcXAwpQpk


これは、エストニアのクラシック音楽の
歴史認識の改変を迫られました。
それまでは、エストニア初の本格的なクラシック音楽の作曲家は、
ルトルフ・トビアス(ルドルフ・トビアス)(Rudolf Tobias)
と思っていました。
しかし、それよりも先の人がいたようです。

エストニアのクラシック音楽自体、
全体的にはマイナーな存在ですが、
有名な作曲家は一応いて、
エトゥアルト・トゥビン(エドゥアルド・トゥビン)(Eduard Tubin)
とかアルヴォ・ペルト(ピャルト、ピャールト)(Arvo Pärt)
やや知られているのではヴェリヨ・トルミス(Veljo Tormis)
辺りの現代音楽系です。

ロマンティックな作曲家では、
前述のトビアスとアルトゥル・カップ(Artur Kapp)
がエストニアクラシック音楽黎明期に活躍し、
ミヒケル・リュティク(ルティク)(Mihkel Lüdig)
がそれに続きましたけど、
トゥビンやペルトの様に国際的に認められていないのか、
知名度は低い。

エストニア近代音楽の父として重要な存在の
ヘイノ・エッレル(Heino Eller)が、
余り注目されていない感じなのも不思議です。
(地元ではどうか知らないが)

エストニアの管弦楽曲は、トビアスの
序曲『ユリウス・カエサル』(Avamäng “Julius Caesar” 1896)
が最初と言われており、カップの
序曲『ドン・カルロ』(Avamäng “Don Carlos” 1899)
が2番目だと思っていましたけど、ラッテの
序曲『カレワラ』(Avamäng “Kalevala” 1897)
がその間に作られていたわけですね。
というか、ラッテの方がトビアスよりも13歳も年上なので、
管弦楽曲をラッテがトビアスよりも先に
作っていたりする可能性は考えられなくも無い。
もしそうだとしたら、エストニア初の管弦楽曲の作曲家は
ラッテという事になります。

肝心の『カレヴァラ』を聴いた感想ですが、
滑らかにうねっているメロディやバロック音楽っぽいメロディ、
牧歌的メロディ、エレジー風メロディ、大胆なフレーズなど、
劇的で幅広い豊かな表情が中々聴き応えあり!!
カレワラの物語が展開していく様を音楽で表現しているのでしょうか。
そういう(古代の伝承物語的な)雰囲気は凄く伝わってきます。
特に、何度か登場するエレジー風のメロディが心に沁みます!!
おどけている様で尚且つ緊張感のあるメロディなどは、
トビアスの『ユリウス・カエサル』を彷彿とさせますが、
作曲年的にラッテが聴いている可能性は否定できない。
クライマックスはファンファーレ風で勇壮さに溢れています。

重要だと思うのは、民族的な題材を扱っている所でしょう。
『カレワラ』はフィンランドの民族叙事詩ですけど、
それを取り上げた理由は、
エストニアと兄弟民族だからなのかも知れません。
エストニアにも『カレヴィポエク』(Kalevipoeg)
という『カレワラ』に相当する民族叙事詩があるんですけどね。
どうせなら『カレヴィポエク』にすれば良かったような・・・。
因みに、アルトゥル・カップの息子の
エウケン(エウゲン)・カップ(Eugen Kapp)は、
カレヴィポエクを題材にバレー曲を書いています。



【お詫びと訂正】
ヨハンネス・カッペル(Johannes Kappel)自身も作曲家で、
カンタータ『太陽に』(Kantaat “Päikesele”)は彼の作品のようです。
ここにお詫びして訂正します。



【表記修正:2012/1/15】
ルドルフ・トビアス→ ルトルフ・トビアス
アレクサンデル・リャテ → アレクサンテル・ラッテ
エドゥアルド・トゥビン → エトゥアルト・トゥビン
リュディク(ルディク) → リュティク(ルティク)
エウゲン → エウケン

エストニア語では、
『b、d、g』の発音が濁らないらしいのですが、
『b』だけは気持ち濁っている感じなので、
『d、g』だけを濁らない表記に修正。

最初、無難に“Läte”を「ラーテ」と表記していましたが、
日本では一般的に、
”ペルト”と呼ばれている“Pärt”は「ピャルト」(ピャールト)、
プリート・パルン(Priit Pärn)の“パルン”は「ピャルン」、
という発音がより原音に近いという話を聞いたため、
“Läte”を「リャテ」と表記していました。
しかし、どうも音が詰まるようなので、「ラッテ」に変更。



【訂正:2016/9/3】
ドイツ語版Wikipediaでは、
序曲「カレワラ」の作曲年が「1901年」と出ていましたが、
こちらの頁によれば↓
Läte , Aleksander - Kreutzwaldi sajand / Eesti kultuurilooline veeb
作曲年が「1897年」、初演が「1901年」だそうです。

「Eesti Muusika Infokeskus」のサイトでは、
作曲年は「1897-1901」と出ていました。

ドイツ語版Wikipediaでは、1904年に書かれたという、
エストニア舞曲 - 管弦楽(Eesti tants, sümfooniaorkester)
という作品も紹介されており、かなり早い時期に書かれた、
エストニア国民楽派の交響的作品と思われます。

アルヴォ・ピャールト → アルヴォ・ペルト
原音は、どう考えても「ペルト」に近いです。
人によっては発音の差異があるのでしょうけれど。

それから、
「Läte」は「ラッテ」に近い発音である事を確認しました。

《転載終了》



序曲「カレワラ」が削除されたのは残念ですが、
合唱曲なら幾つかYouTubeに出ています。
合唱曲「黄金の岸辺」
指揮:ミック・ウレオヤ(Mikk Üleoja)
演奏:(Eesti Rahvusmeeskoor)
https://www.youtube.com/watch?v=zcmmrAtzK1g
タグ:エストニア
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2016年08月28日

アルフレーツ・カルニンシュ(Alfrēds Kalniņš)を聴く

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10583813668.html
2010年7月7日

《転載開始》

Alfrēds Kalniņš.jpg
Alfrēds Kalniņš (komponists) - Wikipedia Latviešu

『秋』(Rudens)1941
演奏:リエパーヤ交響楽団(Liepājas Simfoniskais orķestris)
指揮(Diriģents):イマンツ・レスニス(Imants Resnis)
http://www.youtube.com/watch?v=eRUan8s0Mqs


ラトヴィアロマン派の作曲家。
以前ここで、CD化されている彼の
カンタータ『海』Kantāte "Jūŗa"(1929-1930)
を紹介しました。
やはり、ラトヴィアらしく歌心に溢れています。
秋っぽい切ない哀感が漂っています。
歌謡曲っぽい上に、映画音楽にも使えそう。
”常套的”という人がいるかも知れません。
でも、そういう素直じゃない人は、
何を見ても聴いても感動できないでしょう。

ラトヴィアの曲って、
やたらと声楽曲ばかりCD化されているという感じ。
管弦楽曲でも、
ヤーニス・イヴァヌァウス(イヴァノフス)(Jānis Ivanovs)とか
現代音楽系ばかりという気がする。
イヴァノフスは、20世紀ラトヴィアクラシック音楽を
代表する作曲家だとは言うものの、
初期以外の作品はメロディが崩れていて余り美しくないものが多いので、
個人的には余り好きではありません。

ロマンティックな傾向のラトヴィア管弦楽曲は、
地元でも余りCD化しないようですし、
Amazonなんか、余りのローカルぶりに、扱ってくれる可能性は低い。
CD出せば絶対買いますけど、出さないのなら、
ダウンロードしても罰は当たらないでしょう。
しょうがない事です。





【訂正と追記:2011/2/28】
1919 → 1941
実は、恐らく地元でないと手に入らないと思われるCDに
収録されていました。
そのCDを紹介したサイトによると、1941年だそうです。

Latviešu klasikas dārgumi UPE CLASSICS 750404001726.jpg
Latvian Classics - Highlights - MusicWeb International
【UPE CLASSICS 750404001726】

このCDは、実は以前書いた
アンドレイス・ユルヤーンスのエントリーでも紹介済みです。
アンドレイス・ユルヤーンス(Andrejs Jurjāns)ラトヴィアの作曲家

この曲の収録されているレコードを紹介したサイトでも
1941と出ていたので、1941年で間違い無さそうです。
ALFREDS KALNINS Banuta opera suite ++ RARE Melodiya LP - WorthPoint
YouTubeに1919と出ていたのですが誤った情報のようです。
そのYouTubeに出ていたリンク先も
現在は削除されて新しく上げられていたため、
それを貼り直します。

《転載終了》



新しく上げた動画も削除されてしまったのですが、
現在はピアノ版しか上がっていない様なので、
それを貼り付けます。
ピアノ:ヴィルマ・ツィルレ(Vilma Cirule)
https://www.youtube.com/watch?v=x4x8d54Dcqc
タグ:ラトヴィア
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2016年08月24日

ミコラ・リセンコ(Микола Віталійович Лисенко)ウクライナの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10591197060.html
2010年7月15日

《転載開始》

ミコラ(ムィコラ)・ヴィタリヨヴィチュ・リセンコ(ルィセンコ)1842-1912
(Микола Віталійович Лисенко)

ウクライナ民族楽派の作曲家、ピアニスト、指揮者、教師、民謡収集家。
フリニキ(Гриньки)生まれ
農民詩人タラース・シェウチェーンコ(シェフチェンコ)
(Тарас Григорович Шевченко)の影響を受け、
ウクライナ民謡に強く興味を抱く。
ハルキウ(ハリコフ)大学(Харківський університет)
では最初自然科学を学んでいて、
本格的に音楽を学んでいたわけでは無かったが、
後にライプツィヒ音楽院で本格的に音楽を学ぶようになる。
サンクトペテルブルクでリムスキー=コルサコフに管弦楽技法も学ぶ。
クィーイィウ(キエフ)(Київ)没

【代表作】
・歌劇『ナタルカ・ポルタウカ』
Опера ≪Наталка Полтавка≫ (1889)
・歌劇『タラス・ブーリバ』
Опера ≪Тарас Бульба≫ (1880-1890)
・幻想曲『ウクライナコサックのシュムカ』(管弦楽)
Фантазія ≪Український козак-шумка≫ (1872)

Лисенко Микола Віталійович - Wikipedia, Українська

Микола Лисенко 1.jpg

歌劇『タラス・ブーリバ』(1880-1890)より序曲
Увертюра ≪Тарас Бульба≫
演奏:キエフ国立歌劇場管弦楽団
指揮:コンスタンチン・シメオノフ(Константин Симеонов)
演奏年:1972
http://www.youtube.com/watch?v=KdPQR25nnKs


YouTubeで、これまた良い作曲家を発見してしまいました。
”ロシア”ではなく、”ウクライナ”の作曲家です。
まあ、ウクライナとロシアの区別が付く日本人というのも
>余りいないと思いますが。
かくいう私もそうです。
ウクライナとベラルーシってどう違う?と聞かれても、
イメージ的に似たものを感じるので、私も答えられない。

YouTubeで、彼の代表作と思われる
歌劇『タラス・ブーリバ』の序曲その他を聴いてみましたが、
ロシア国民楽派的な響きの巧みな劇的描写が、
名曲と呼んで差し支え無いと思います。
特に、ヒーローサウンドっぽい勇壮な雰囲気がとても気に入りました。
扱った題材からして、ウクライナ出身の小説家
ゴーゴリ(ホーホリ)(Микола Васильович Гоголь)
によるコサックを描いた小説でもあり、
ウクライナ語によるオペラでもあるようなので、
紛れも無くウクライナ民族主義を代表するオペラであろうと思います。
只、ウクライナ民謡に詳しいわけではないので、
ウクライナ民謡とロシア民謡の区別がイマイチ付かないんですけど、
Wikipediaによると、彼は音楽の世界に於ける
ウクライナ民族主義推進者であり、
ウクライナ民謡に基づいて作曲しているとの事なので、
ウクライナ民俗音楽がベースで間違いないと思われます。>

『ロシア国民楽派』と言っても、
ロシア民謡だけを扱っているわけではなく、
例えばボロディンの曲なんかを聴いていると、
アジア系とかグルジア系等もカバーしている感じで、
境界が曖昧だったりします。
チャイコフスキーの交響曲第2番『小ロシア』は
ウクライナ民謡を用いていますが、
リセンコのWikipedia英語版では、
チャイコフスキーはリセンコの『タラス・ブーリバ』に
感銘を受けたとあります。

因みに、リセンコのCDが存在するのかどうか確認したところ、
ちゃんとありました。

Микола Лисенко RRCD 272.jpg
Микола Лисенко. Кращі твори. // www.UMKA.com.ua
Rostok Records【RRCD 272】2002年
АртВертеп - Найбільший on-line центр сучасної культури України

Микола Лисенко CD.jpg
Опера "Тарас Бульба" - Фонотека @ EX.UA
М. Лисенко. "Тарас Бульба", опера в 4-х діях. (2CD). // www.UMKA.com.ua

『タラス・ブーリバ』もCD化されています。
しかし、AmazonやHMV、
タワレコ等の販売サイトでは扱っていないようで、
手に入れるのは容易ではないようです。
ネーメ・ヤルヴィ辺りがリセンコの管弦楽曲集CDでも出せば、
カリンニコフみたいにブレイクする可能性はあると思うんですけど。
『タラス・ブリーバ』は、
如何にもメロディヤ(Мелодия)辺りから出ていても、
おかしくはない曲ではあるけど、
ロシアとウクライナとの間に確執があるからなのか、
それとも単に目に入って無いだけなのか?

『タラス・ブーリバ』と言えば、モラヴィア出身の
レオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček)
による
交響的狂詩曲『タラス・ブーリバ』
Taras Bulba, rapsodie pro orchestr(1915-1918)
や、リセンコと同じウクライナ出身の
レインゴリト・グリエール
(レーインホリト・モリツォーヴィチュ・フリイェール)
(Рейнгольд Моріцович Глієр)
による
バレー音楽『タラス・ブーリバ』
Балет ≪Тарас Бульба≫ (1951-1952)
がよく知られています。
『タラス・ブーリバ』に初めて曲を付けたのがリセンコなので、
その意味でもリセンコに注目が集まる事を望んでいます。

【訂正とお詫び】
ミコラ・リセンコよりも先輩の作曲家
セメン・ステパーノヴィチュ・フラーク・アルテモウシクィイ
Семен Степанович Гулак-Артемовський(1813-1873)
の存在を確認。
民族主義的な作品を書いているので、
ミコラ・リセンコが「ウクライナ国民楽派の祖」というのは
間違いのようです。
ここにお詫びして訂正します。

【追記】2016/8/23
現在、歌劇『タラス・ブーリバ』の抜粋CDが日本で販売中。

Микола Лисенко MELCD1001800.jpg
ミコラ・リセンコ
歌劇『タラス・ブーリバ』(抜粋)
Опера ≪Тарас Бульба≫
演奏:ウクライナ国立歌劇場(キエフ・オペラ)合唱団&管弦楽団
指揮:コンスタンチン・シメオノフ(Константин Симеонов)
演奏年:1972
【MELCD1001800】

《転載終了》
タグ:ウクライナ
posted by Satos72 | └ ウクライナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする