2016年01月31日

ペーテル・ファン・アンローイ(Peter van Anrooy)オランダの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11296705446.html
2012年7月10日

《転載開始》

Peter_van_Anrooy_1917.jpg
画像はWikipediaより拝借

ペーテル・ファン・アンローイ
(Peter van Anrooy, Anrooij)1879-1954

1879年、ザルトボメル(Zaltbommel)生まれ
ユトレヒト音楽院(Muziekschool te Utrecht)で学んだあと、
ドレスデン、モスクワへ留学。

フローニンゲン管弦楽協会(Groninger Orkest Vereeniging)
アルンヘム(アーネム)管弦楽協会(現:ヘルデル管弦楽団)
Arnhemsche Orkest Vereeniging(Het Gelders Orkest)
レズィデンツィ(レジデンツィ)管弦楽団(Het Residentie Orkest)
等の指揮者を歴任。

1954年、スフラーフェンハーヘ('s-Gravenhage)歿

【代表作】
ピート・ハイン狂詩曲(Piet Hein Rhapsodie voor orkest)1901(1900?)

Peter van Anrooy - Wikipedia, Nederlands



たまたま最近知った作曲家。
何と、既に4年も前にブログで紹介している人がいますけど、
やはり無名の作曲家です。

オランダのロマン派作曲家は今まで何人も紹介していますけど、
個性的と言える作曲家があまりいません。
ドイツロマン派等の亜流が多いという印象。
なので、国際的に有名な作曲家がいません。

個人的に、亜流を脱却する試みをしているなと感じ、
好感が持てる作曲家は、オランダ国民楽派の祖と思われる
ベルナルト・ズウェールス(Bernard Zweers)と、
オランダに因んだ表題の交響曲を幾つも書いた
コルネリス・ドッペル(Cornelis Dopper)と、
吹奏楽のための『オランダ狂詩曲』(1905)を書いた
フランス・ヨハン・スフヴァインスベルフ(シュヴァインスベルク)
(Frans Johan Schweinsberg)
辺りですね。

で、今回紹介する作曲家の曲を聴いて、
その出来栄えに「これは無名なのは勿体無いな」と思ったわけです。
私にとっての「これだ」と思う、
オランダの数少ない作曲家の一人に入りました。



ピート・ハイン狂詩曲(Piet Hein Rhapsodie)1901
生年からして、作曲されたのは、21か22歳位の頃です。
(Wikipediaによると、1900年作曲と書かれています。)
かなり若い年齢で書かれていますが、その割には、
構成力や管弦楽技術が申し分ありません。

陽気でおどけた明るい雰囲気の曲ですが、
“狂詩曲”という名に相応しく、
超絶的とも言える高い技巧性に溢れているので、
聴いていてとても心地よい。

中間辺りでは落ち着きますが、
魅力的なメロディであるため、全く退屈しません。
最後まで愉しんで聴ける曲だと思いました。

特徴としては、16〜17世紀頃と思われる古風なメロディに、
後期ロマン派的管弦楽処理を施したという感じですが、
ピート・ハインという人物について調べてみた所、
16世紀から17世紀にかけて生きた、
『八十年戦争』に於けるネーデルラントの英雄だそうです。
フルネームは、
ピート・ピーテルスゾーン・ハイン(Piet Pieterszoon Hein)
だそうです。

『八十年戦争』というのは、16〜17世紀に、
スペインによるネーデルラント(ベネルクス)支配に対して行われた叛乱で、
これを切っ掛けにオランダが誕生しました。
Piet Hein (zeevaarder) - Wikipedia, Nederlands

『八十年戦争』を題材にした作品には、
ベルギー国民楽派の祖と言われる
ペーテル・ブノワ(Peter Benoit)による
歌劇『ヘントの和約』(De Pacificatie van Gent)1876
http://www.youtube.com/watch?v=bZ1GwDm8n1U

があります。

古い時代の音楽、例えば、バロック音楽などを、後の時代、例えば、
ロマン派などの様式や管弦楽編成で作曲するという試みは
結構例があります。
有名所では、グリーグの
組曲『ホルベアの時代から』(Fra Holbergs Tid)や、
http://www.youtube.com/watch?v=OVKZgsQ8wnk

シェーンベルクによるバッハ作品
『前奏曲とフーガ』(Präludium und Fuge)等の編曲や、
http://www.youtube.com/watch?v=cwT91pHnlxA

レスピーギの『リュートのための古風な舞曲とアリア』
(Antiche danze ed arie per liuto)等があり、
http://www.youtube.com/watch?v=EFP4ozX3keU

無名所では、ダニエル・ステルネフェルト(Daniel Sternefeld)による、
『ブルゴーニュ女公マリーの宮廷での歌と舞曲』
(Zang en dans aan het hof van Maria van Bourgondië)や、
http://www.youtube.com/watch?v=FZi0nnJCzmQ

オランダの作曲家の中では比較的CDが数多く出ている上に、
隠れファンが多いという(?)、ユリウス・レントヘン(Julius Röntgen)による
組曲『古きオランダ』(Suite “Oud-Nederland”)等があります。
要は、それらと同系列の作品だと思いますが、
往々にしてこういった試みは、模倣的要素が強いためなのか、
余り重要視されていない気がします。

しかし『ピート・ハイン狂詩曲』は、
一つの立派な作品であると言えると思います。

『ピート・ハイン狂詩曲』がYouTubeに出ています↓
http://www.youtube.com/watch?v=vo_DLPUAcvw


この曲はCD化されているのですが、
Tower Recordによると現在は廃盤だそうで。
Amazonでは、「一時的に在庫切れ」と出ているのですが、
ダメ元で注文しました。
(この場合、長く待たされた末に入手不可の通知が来る事が多い。)

アンローイと同時代を生きた、コルネリス・ドッペルの
交響曲第7番『ゾイデル海』(Symfonie nr.7 “Zuiderzee”)1917

『ゴシック様式によるシャコンヌ』(Ciaconna Gotica)1920
とのカップリングです。

Cornelis Dopper, Peter van Anrooy NM 92060.jpg

演奏:オランダ放送交響楽団(Nederlands Radio Symfonie Orkest)
指揮:ケース・バケルス(Kees Bakels)
【NM Classics 92060】

音盤は他にも幾つか確認出来ましたが、あとはLPばかりのようで・・・。
演奏:レズィデンツィ管弦楽団(Residentie Orkest)
指揮:アンタル・ドラティ(Antal Dorati)
【Philips 411 960 SE】
Peter van Anrooij – Piet Hein Rhapsodie (vinyl EP) - Te koop

こちらは、ヘンドリック・アンドリーセン(Hendrik Andriessen)と、
ヨハン・ヴァーヘナール(ワーヘナール)(Johan Wagenaar)
とのカップリングLP。
演奏:レズィデンツィ管弦楽団(Residentie Orkest)
指揮:ヴィレム・ファン(ヴァン)・オッテルロー(Willem van Otterloo)
アンタル・ドラティ(Antal Dorati)
【Fontana 6530 044】
Peter van Anrooy - Piet Hein Rapsodie - Rate Your Music



【他の作品】
Wikipediaで紹介されている作品欄は余り充実しておらず、しかも、
ピート・ハイン狂詩曲以外で「これは」と思える作品が、
題名から察してありません。

実際に聴いてみないと分かりませんが、
単に「序曲」「ロマンス」等といった、
無味乾燥なタイトルばかりなのです。

良質な曲を色々書いている筈だろうとは思うのですが、
リヒャルト・シュトラウス唯一の弟子と言われる
ヘルマン・ビショフ(Hermann Bischoff)の例があるので何とも言えません
(リヒャルト・シュトラウスに才能を高く評価されたものの、
寡作過ぎるためなのか?埋もれてしまった作曲家)。



【追記】2012/7/23
Tower Records では廃盤とされていた
唯一のピート・ハイン狂詩曲収録のCDが、
Amazonから届きました。
未だ手に入るかも知れませんよ!!

【追記】2016/2/3
肖像写真を追加。
ピート・ハイン狂詩曲の動画が削除されていたので、
新しい動画を貼りました。

《転載終了》
タグ:オランダ
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2016年01月27日

エドガー・スティルマン・ケリー(Edgar Stillman Kelley)アメリカの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11582984464.html
2016年1月27日

《転載開始》

Edgar Stillman Kelley.jpg
画像はWikipediaより

1857年4月14日、ウィスコンシン、スパータ(Sparta, Wisconsin)生まれ
作曲家、指揮者、音楽教師

子どもの頃、母から音楽の手ほどきを受ける。

大学(カレッジ)に進学するものの、健康を害し、退学する。

メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』の演奏後、音楽家になる事を決意し、
17歳の時、クラレンス・エディ(Clarence Eddy)や
「Napoleon Ledochowski」(ナポーリアン・ルドコウスキ?)らと共に、
シカゴに勉学の旅に出る。

その2年後、シュトゥットゥガルト(Stuttgart)に留学。
エドワード・マクダウル(マクダウェル)(Edward MacDowell)との友情は、
同地で始まった。

1980年、シュトゥットゥガルト音楽院(Musikhochschule Stuttgart)を卒業後、
欧州各地の管弦楽団に所属する。

帰米後、カリフォルニアのサンフランシスコでオルガン奏者として働き、
音楽評論もする。

マクベス(Macbeth)のための劇音楽の作曲をする。

ニューヨークの劇場に興味を惹くも、結婚した事もあり、
カリフォルニアで作曲、指揮、講演、教師をする。

1896年、オペレッタの会社で指揮者として雇われるため、ニューヨークに赴き、
ニューヨーク音楽大学(New York College of Music)、
ニューヨーク大学(New York University)の教師となる。

1902年、ベルリンに趣き8年間、ヨーロッパにアメリカの音楽を紹介するため、
講演、教師、指揮、演奏などを行う。

1910年、ウェスタン女子大学(Western College for Women in Oxford, Ohio)
に亡くなるまで勤めた。

1944年11月22日、オックスフォードに没する。

【主な作品】
・交響曲第1番『ガリヴァー』
Symphony No. 1, “Gulliver”, Op. 15
・ニューイングランド交響曲(交響曲第2番)
New England Symphony, (Symphony No. 2)
・管弦楽組曲『アラジン』
Orchestral suite Aladdin


桑摘女:中国の挿話(1888年)
Lady Picking Mulberries: a Chinese Episode
・劇音楽『ベン・ハー』(1899年)
Incidental music “Ben-Hur”
・オラトリオ『天路歴程』(1918年)
Oratorio “The Pilgrim's Progress”
・組曲『不思議の国のアリス』(ピアノのための)(1919年)
Alice In Wonderland Suite for Piano
・ブロードウェイ劇『ナミコさん』(1927年)
Broadway play “Namiko-San”

【資料】
Edgar Stillman Kelley - Wikipedia English

今回紹介する作曲家は、アメリカの作曲家です。

アメリカの作曲家と言えば、
ジョージ・ホワイトフィールド・チャドウィック
(George Whitefield Chadwick, 1854-1931)
エドワード・アレグザンダー・マクダウル(マクダウェル)
(Edward Alexander MacDowell, 1860-1908)
ホレイショ・パーカー
(Horatio Parker, 1863-1919)
あたりの知名度が割と高めですが、今回紹介する作曲家は、
彼らとは同世代でありながら無名に陥ってしまっているものの、>
色々と興味深いものがありました。

ルイス・キャロル(Lewis Carroll)の
「不思議の国のアリス」(Alice In Wonderland)
に基づいたピアノ組曲や、
「ガリヴァー旅行記」(Gulliver's Travels)
に基づいた交響曲など、
キャッチーな題材に基づいた作品を書いております。

ビッグネームを用いているからといって
必ずしも注目されるとは限らないのは、
オランダの作曲家、コルネリス・ドッペル(Cornelis Dopper)の、
交響曲第3番『レンブラント』
Symfonie Ne. 3 “Rembrandt”
の例もありますし。

Wikipediaによれば、その他にも、
「アラディン」(Aladdin)に基づいた管弦楽組曲を書いたり、
サンフランシスコのチャイナタウンで聴いた音楽に触発され、
中国楽器の音を模倣する試みも行っているとか出ています。
(何という題名かは不明)

劇音楽「ベン・ハー」(Ben-Hur)では、
ギリシャ様式基づいた音楽を書いているとか。
この作品は、1930年までに、英語圏に於いて、
5000回も上演されるほどの人気だったそうです。

代表作といって良いのか、無名なので何とも言えないのですが、
「ニューイングランド交響曲」では、鳥のさえずりを模倣した音形や、
インディアンの音楽、ピューリタンの音楽の旋律を使用しているそうで、
国民楽派の作風の様です。
(しかし、YouTubeには出ていない様です)

興味深い事を色々としていながら、
現在は無名に陥っている状況が何とも勿体無く思います。

Wikipediaでもきちんと作品が整理されておらず、
私も何とか掻き集める様な感じで【主な作品】を纏めてみましたが、
作品の幾つかはYouTubeに出ているので、
以下にそれらをご紹介いたします。





交響曲第1番『ガリヴァー』
Symphony No. 1, “Gulliver”, Op. 15
http://www.youtube.com/watch?v=1ws2R2naq1I


壮大さ溢れる堂々とした出だしが、
如何にも巨人(小人から見て)という感じです。

冒険への出発を描写しているのかも知れませんが、
そのまま嵐の様な力強い描写が長く続きます。





組曲『不思議の国のアリス』(ピアノのための)(1919年)
Alice In Wonderland Suite for Piano
https://www.youtube.com/watch?v=hZboJhvvnC8


「不思議の国のアリス」をピアノで表現する試みだと思いますが、
この作品が書かれた時代もあるのでしょうけれど、
不協和音がところどころに現われ、それが、
不思議な世界の不思議さ、
不可解さを上手く表現できていると思います。

主な主題旋律も、映画に使えそうな位印象的な気もします。

本作は6つの曲で構成されています。
1:導入部(Introduction)
2:しろうさぎが遅れる(The White Rabbit is Late)
3:チェシャー猫(The Cheshire Cat)
4:コーカス・レース(The Caucus Race)
5:忘却の森(The Forest of Forgetfulness)
6:赤の女王の宴(The Red Queen's Banquet)

ついでに言えば、昨年(2015年)は、
「不思議の国のアリス」の史上初の長編映画が作られてから
丁度100年でした(短編は、1903年、1910年に作られています)。
https://www.youtube.com/watch?v=-E-kc4Wvsaw






桑摘女:中国の挿話
Lady Picking Mulberries: a Chinese Episode
https://www.youtube.com/watch?v=HXIjn3xg274


Wikipediaに出ていた中国の音楽に触発された音楽というのが、
まさしくコレなのでしょうか?

中国風というよりは、日本風に近い気もします。

映像には、日本の浮世絵も出ていますし。

同動画の解説には、
日本を題材にした「ナミコサン」(Namiko-San)
という作品の紹介も出ていて、
非常に興味深いですが一応ネット上に資料がでております。
Namiko-San | IBDB

日本ネタ繋がりでこんなアニメーションもついでに紹介します↓
わたしのだいじなひとつの言葉(1935年)
Betty Boop a Language All My Own
https://www.youtube.com/watch?v=KHTUHT4kAOY


Betty Boop a Language All My Own.jpg

「ベティの日本訪問」「ベティの日本公演」等の邦題が付けられた、
ベティ・ブープが日本を訪問するという内容ですが、
作られた時期が時期だけに、驚きだと思います。

今のご時勢の事が気になりますが、
何とか平和は守らねばならないと思いました。

その為には、皆が冷静に考えなきゃいけないわけですが。

因みに、「Betty Boop a Language All My Own」
の直訳を試みている方が他にもおられ、
しかも「無断引用禁止」みたいな事も表明しておられますが、
これは「偶然」に過ぎませんので、あしからず。

日本語の歌詞から、
「わたしのだいじなとっておきの言葉」とも訳そうかと思いましたが、
「大事」と「とっておき」は意味が近いと思ったのでやめました。

《転載終了》
タグ:アメリカ
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2016年01月24日

スペインのクラシック音楽(ロマン派・国民楽派)について色々思っていた事

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11307130179.html
2012年7月21日

《転載開始》

スペインのクラシック音楽については、以前から色々と思う事があって、
それについて今回書いてみようと思います。

まず、19世紀のスペインのクラシック音楽については、
アルベニスが登場する辺りまでは不毛だった、ないし、停滞していた、
みたいな話を何かで見た様な記憶があります。

もしかしたら記憶違いなのかも知れませんが、
もし記憶が正しければ、その文章を書いた人は、
只知らなかっただけという事になります。
少なくとも、「アリアーガがもし長生きしていたら、
スペインクラシック音楽界を大きく発展させたかも知れない」
みたいなニュアンスだった様な気がします。

19世紀、ないし、19〜20世紀に活躍したスペインの作曲家で
まともに知られているのは、
・フアン・クリソストモ・ハコボ・アントニオ・デ・アリアーガ・イ・バルソーラ
Juan Crisóstomo Jacobo Antonio de Arriaga y Balzola(1806-1826)
・パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス
Pablo Martín Melitón de Sarasate y Navascuéz(1844-1908)
・イサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス・イ・パスクアル
Isaac Manuel Francisco Albéniz y Pascual(1860-1909)
・エンリケ・フェルナンデス・アルボス
Enrique Fernandez Arbos(1863-1939)
・エンリク・グラナドス・イ・カンピニャ(エンリケ・グラナドス・イ・カンピニャ)
Enric Granados i Campiña(Enrique Granados y Campiña)(1867-1916)
くらいでしょうね(印象主義的傾向の作曲家やギター曲の作曲家は除く)。



で、その代わり、
外国人による『スペイン国民楽派的な作品』が有名だったりします。
・ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ
Михаил Иванович Глинка(1804-1857)
スペイン序曲第1番『ホタ・アラゴネーサ』(1845)
Испанская увертюра 1 “Арагонская хота”
スペイン序曲第2番『マドリードの夏の夜の思い出』(1848/1851)
Испанская увертюра 2 “Воспоминания о летней ночи в Мадриде”
・ヴィクトール・アントワーヌ・エドゥアール・ラロ
Victor Antoine Édouard Lalo(1823-1892)
『スペイン交響曲』(1874)
Symphonie espagnole
・ジョルジュ・ビゼー
Georges Bizet(1838-1875)
歌劇『カルメン』(1875)
Opéra “Carmen”
・アレクスィ=エマニュエル・シャブリエ
Alexis-Emmanuel Chabrier(1841-1894)
狂詩曲『スペイン』(1883)
España, rapsodie pour orchestre
・ニコライ・アンドレイェヴィチ・リムスキー=コルサコフ
Николай Андреевич Римский-Корсаков(1844-1908)
『スペイン奇想曲』(1887)
Каприччио на испанские темы
※19世紀限定



そこでふと疑問に思ったのは、
ロマン派時代のスペインの作曲家の数が、
こんなに少ないわけが無い筈、というものでした。
で、後日、後述する様に、その“直感”が正しい事を知りました。



スペインには、歌劇の一種である『サルスエラ』(zarzuela)があり、
調べてみると、19世紀にも数多くその作曲家がいますけど、
クラシック音楽的にはどう見られているのだろうか?
吹奏楽の作曲家みたいに、
ちょっと距離を置いた様な扱われ方をしている気が
するのですが・・・(気のせい?)。
素人の私には、学問的にはよく分からないので。
民族的なメロディも使用されたりしているので、
一種の国民楽派と呼べそうな気もするんですが。



スペインのクラシック音楽史についてよく調べている人なら、
・フェリペ・ペドレル(フェリプ・ペドレイ・イ・サバテー)
Felipe Pedrell(Felip Pedrell i Sabaté)(1841-1922)
の名は最低限知っている筈です。
彼は、「スペイン国民音楽の父」と呼ばれている作曲家です。
しかし、最初疑問に思ったのは、
グラナドスやマヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla)
等といった有名作曲家を育てた事や、
音楽理論家・学者としてはよく知られているらしい事は分かったものの、
肝心の作品については?だったのです。
フィンランドの作曲家、マッティン・ヴェゲリウス(Martin Wegelius)と、
何だか立ち位置が似ていると思ったのです。
彼はジャン・シベリウスの教師として知られていますが、
何という曲を書いたのか、イマイチ分からなかったりします。>
そういう感じでした。
話を戻します。
インターネットをやり始めてから、Wikipediaで
歌劇『ピレネーの人々』(1891)
Ópera “Els Pireneus”
等、作品が色々紹介されているのを知りました。
でも、CD化状況についてはよく分かりませんでした。
ところがその後、
『辺境・周縁のクラシック音楽1イベリア・ベネルクス編』(青弓社)
という書籍に、ペドレルについての詳細な解説が出ているのを
やっと見つけました。



今から10年程前ですが、NHKの『名曲アルバム』という番組で、
・マヌエル・ペネーリャ・モレノ
Manuel Penella Moreno(1880-1939)
という作曲家の代表作
歌劇『山猫』(1917)
Ópera “El gato montés”
を代表する『パソドブレ』(Pasodoble)が取り上げられていました。
http://www.youtube.com/watch?v=qQwWvw3uTJM

全く知らなかった作曲家ですが、
メロディが典型的なスペイン情緒溢れるもので、
無名なのはおかしいと思ったのは言うまでもありません。
グラモフォンからCDが出ていましたが、現在は残念ながら廃盤。
【Gramophon 2GH2435776】



肝心の、19世紀の、ないし、ロマン派、或いは、
国民楽派の無名スペイン作曲家
について以前調べてみた事があるのですが、
限界があって中々見つけられませんでした。
見つけられたものは、サルスエラの作曲家が多かったです。
管弦楽作品が好きなので、そういうのでCDはどんなものが出ているか、
或いは現在も手に入るCDはどれなのか調べてみた所、
やはりサルスエラの一部を取り上げたもののオムニバスが多かったです。
その手の作曲家の中でも、
・ルペルト・チャピ
Ruperto Chapí(1851-1909)>
は、よく扱われている方だと思います。
彼だけを取り扱ったCDが、複数出ています。
当時のスペインの作曲家にしては珍しく
交響曲ニ短調(1880)
Sinfonía en Re menor
(※2012年7月20日現在、
Wikipedia日本語版では“ニ長調”と出ていますが、
“ニ短調”の誤りです。単に“Re”と大文字で書かれていて、
長調とも短調とも書かれていない場合が多いため、
そこから長調と勘違いしたのだと思われます。
メジャーコードは大文字で、
マイナーコードは小文字で書かれる場合が多い。)>
を書いており、
以下の桃色に示す2枚のCDに共に収録されています。
【NAXOS 8.572195】
【1CM0176】
その他、
・フェデリコ・チュエカ
Federico Chueca(1846-1908)
・トマス・ブレトン
Tomás Bretón(1850-1923)
・アマデオ・ビベス(アマゼウ・ビバズ・イ・ローチ)
Amadeo Vives(Amadeu Vives i Roig)(1871-1932)
・ホセ・セラーノ
José Serrano (1873-1941)
・パブロ・ルナ
Pablo Luna(1879-1942)
・レベリアノ・ソウトゥリョ
Reveriano Soutullo(1880?,1884?-1932)>
・フェデリコ・モレーノ・トローバ
Federico Moreno Torroba(1891-1982)
等も見つけました(以上は、全てCD化されている)。

前出の『辺境・周縁・・・』には、
上記に示したもの以外にも数多くの作曲家が紹介されていて、
よくぞここまで見つけられた!!と思わず感嘆してしまいました。
しかも、数がハンパではありません!!
実は、只埋もれていただけで、キラリと光る作曲家が無数にいたわけです。
長くなったので、取り敢えずここまでにします。
今回は大雑把な俯瞰という事なので、
後日個別に詳細に紹介したいと思います。



【追記】
・「グラナドス」の表記修正。
・この論文の核心部分について書き落としていたので、
文中にやや大きめの赤茶色の文字でそれを追記。
・マルティン・ヴェゲリウス → マッティン・ヴェゲリウス
名前からしてスウェーデン系と思われます。
「Martin」は、スウェーデン語で「マッティン」という発音になるようです。
・「アマデオ・ビベス」のカタルーニャ語名の日本語表記について。
アマデウ・ビベス・イ・ローチ → アマゼウ・ビバズ・イ・ローチ
Wikipedia英語版頁に、名前の発音表が出ています。
Amadeu Vives i Roig - Wikipedia, English
[əməˈðew ˈβiβəz i rɔʧ]だそうです。
カタルーニャ語の「s」は母音で挟まれると音が濁り「z」となるそうです。
つまり、「i Roig」を後続させなければ、「s」は濁りません。
カタルーニャ語の「d」は母音で挟まれると摩擦音になるそうです。
「ə」(シュワー)は曖昧母音で正確な日本語表記は不可能ですが、
便宜上「ア」とするのが通例であるため、そうしました。
「β]は、「b」の摩擦音で、敢えて言えば、「ブ」と「ヴ」の中間の様な発音?
つまり、「ヴィヴェス」と「ビベス」の両方の表記が見られますが、
どちらでも良いと思われます。
最初、「Vives」と「i」をリエゾンさせ「ビバズィ」としようとしましたが、
実際にリエゾンするのかどうかが不明な上、
発音よりも表記をやや重視し、また、
ペドレルのWikipedia日本語版頁に於けるカタルーニャ語名
「Pedrell i → ペドレイ・イ」
に倣い、「ビバズ・イ」としました。
いずれにしても、こういった煩雑さを避け、
表記重視の「アマデウ・ビベズ・イ・ローチ」
か、カスティーリャ語(標準スペイン語)由来の
「アマデオ・ビベス」を使用するのが無難と思われます。
カタルーニャ語 - Wikiepdia, 日本語
フェリペ・ペドレル - Wikipedia, 日本語

《転載終了》
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