2015年12月30日

未CD化交響曲の色々(ロマン派・国民楽派・無名作曲家限定!!)(2)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11259011718.html
2012年9月30日

《転載開始》

アイウエオ順

●エストニア
エヴァルト・アーヴ(1900-1939)
Evald Aav
交響曲二短調(1938)
Sümfoonia d-moll
エストニア初の歌劇『ヴァイキング』(Ooper “Vikerlased”, 1928)
を書いたこの作曲家は、死の前年に交響曲を書いています。
交響詩『人生』(Sümfooniline poeem “Elu”, 1935)がCD化されていますが、
聴いた方の話によれば、チャイコフスキーに似ているとか。
なので、親しみやすいロマン派の作風であると思われます。
2010年9月24日に紹介済。
エヴァルト・アーヴ(Evald Aav)エストニアの作曲家

ユハン・アーヴィック(1884-1982)
Juhan Aavik
交響曲第1番ニ短調(1946)
Sümfoonia nr. 1 d-moll
交響曲第2番ホ短調(1948)
Sümfoonia nr. 2 e-moll
Teosed - Eesti Muusika Infokeskus
Juhan Aavik - Wikipedia Eesti
以前、2009年9月19日の記事で、
『エストニア狂詩曲』の作曲家として紹介したアーヴィックですけど、
交響曲も書いています。
超マイナークラシック曲情報(ラトビア・エストニア)
親しみやすい曲を書いているので、交響曲も期待出来そうではあります。

ヘイノ・エッレル(1887-1970)
Heino Eller
交響曲第2番ホ短調『未完成』(1947-1948)
Sümfoonia nr. 2 e-moll “Lõpetamata”
Heino Eller - Sümfooniline Muusika / Symphonic Music
Twitter情報にて、エストニア近代クラシックの父と呼ばれる
ヘイノ・エッレルの交響曲の存在を知りました。
交響詩は一部(北欧クラシックファンの間)でよく知られているのですが、
交響曲の情報というのが余り出ていなく、
この情報に出会うまで気付きませんでした。
LPにはなっているらしいんですけどね。
勿論聴いてはいないのですが、聴いた方の話だと、
一連の交響詩や『弦楽の為の5つの小品』等の様な親しみ易い曲ではないとのこと。
Twitter情報によれば、
交響曲第1番『ミクソリディア旋法で』(1934-1936)
Sümfoonia nr. 1 “In modo mixolydio”
Klassikaraadio Celebrates Neeme Järvi’s 75th Birthday - ERSO
Heino Eller - Eesti Teatri- ja Muusikamuuseum
交響曲第3番ハ短調(1961)
Sümfoonia nr.3 c-moll
Muusika24 - Heino Eller-Sümfoonia nr.3 c-moll
は、Forteというレーベルから1994年にCD化されているらしいのですが、
ネット情報からは確認取れず。

キリッルス(キリルス)・クレーク(1889-1962)
Cyrillus Kreek
セト交響曲(1953)
Seto sümfoonia
2012年6月26日の記事で既に取り上げた作曲家。
キリッルス・クレーク(Cyrillus Kreek)エストニアの作曲家
YouTubeで聴いてみましたが、20世紀の現代音楽真っ盛りの只中を、
それをものともせずにとても親しみ易いほのぼのとした作風で書いたこの交響曲は、
私の個人的な感覚では、誰もが昔どこかで聴いた様な
“デジャヴュ”な雰囲気を湛えていると妄想しています。

因みに、標準エストニア語では「Setu」(セットゥ)などと、
詰まった様な発音をするのかも知れません。



●沖縄
金井喜久子(1906-1986)
交響曲第2番(1947)
不思議と管弦楽作品集CDが中々出ない、沖縄クラシック音楽の祖。
交響曲第1番(1940)は既にCD化されていますが、
古いLPからの録音であるため、音質が悪い上に音飛びが激しい。
『母と子の沖縄の歌』【NKCD3338】
という、金井喜久子の歌曲や沖縄の民謡・童謡の編曲作品を
収録したアルバムですが、最後に交響曲第1番が出てきます。
沖縄初どころか、日本初の女性による交響曲ですが、
師が保守的で頑固であったため、
ドイツロマン派様式で書かざるを得なかった様です。
あくまで資料的価値以上の意味は無い収録であると思います。
第2番では好きな様に伸び伸びと書いたらしく、
沖縄的雰囲気に彩られている様ですが、未だ聴いていません。
早く聴きたい!!
金井喜久子 - 後の祭

※有名な文学者幸田露伴の妹、
幸田延による交響曲『大礼奉祝曲』が1915年に作曲されていますが、
編成に声楽も含まれているため、純粋な交響曲とは言えない。
またこちら↓によれば、アマチュア作曲家栗城愛子による交響曲が1938年に
初演されているとのこと。
見てくれのクラシック・ファン
でも「栗城愛子」を紹介しているWeb頁は、ここしか無い様です。



●ブラジル
アレシャンドリ・レヴィ(1864-1892)
Alexandre Levy
交響曲ホ短調(1886)
Sinfonia em mi menor
『ブラジル組曲』(Suite Brasileira, 1890)という、
最も初期のブラジル国民楽派的作品の一つを書いた事で重要な存在である
レヴィですが、2012年8月20日の記事で紹介した時に、
交響曲も書いていると軽く紹介しています。
ブラジルの管弦楽作品集CDを聴く(その1)
Wikipediaポルトガル語版によると、
1888年に作曲されたと出ている様に見えます。
しかし、1888年と紹介している?ソースはWikipediaしか見当たりません。
Alexandre Levy - Wikipedia, Português
が、どうやら1886年作曲のようです。
1886年で検索すれば、複数のソースが出てきます。
YouTubeにレヴィのピアノ曲が出ていましたが、その解説文には、
「交響曲は1886年作曲」と出ていました。
きらめく幻想曲(Fantasia Brilhante op.2)
http://www.youtube.com/watch?v=ZDAH2eO040o

ブラジルらしさは無いですが、中々良いピアノ曲だと思います。



●ポーランド
ルドミル・ミハウ・ロゴフスキ(1881-1954)
Ludomir Michał Rogowski
交響曲第1番『犠牲』(1921)
Symfonia nr 1 “Ofiarna”
交響曲第2番『喜劇的』(1936)
Symfonia nr 2 “Radosna”
交響曲第3番(1940)
Symfonia nr 3
交響曲第4番(1943)
Symfonia nr 4
交響曲第5番(1947)
Symfonia nr 5
交響曲第6番(1949)
Symfonia nr 6
交響曲第7番(1951)
Symfonia nr 7
Ludomir Michał Rogowski - Culture.pl
ロゴフスキの曲自体全く聴いた事が無いので、何とも言えませんが、
生年からして穏健な作風ではないか?と(大体その勘はよく当たるのですが)。
つい、2012年9月5日に紹介したばかりの作曲家ですが、
第1第2交響曲の表題の意味が分からなかったので、
交響曲について詳しく述べるのを避けていました。
ルドミル・ミハウ・ロゴフスキ(Ludomir Michał Rogowski)ポーランドの作曲家



●モンゴル
センビーン・ゴンチグソムラー(1915-1991)
Сэмбийн Гончигсумлаа
交響曲第1番(1964)
Симфони 1
http://www.youtube.com/watch?v=4kXDpoBQsE4

交響曲第2番(1974)
Симфони 2
http://www.youtube.com/watch?v=NCpj0BpjlG8

2012年5月22日に紹介済みの作曲家。
モンゴルのクラシック音楽について調べてみた
第1番も第2番も、YouTubeに出ています。

ロブサンジャムツィーン・ムルドルジ(1919-1996)
Лувсанжамбын Мөрдорж
交響曲第1番『我らが祖国』(1955)
I Симфони “Манай эх орон”
交響曲第2番『10月』(1967)
II Симфони “Октябрь”
交響曲第3番『ナーダムの歌』(1973)
III Симфони “Ардын наадам”
交響曲第4番『若者』(1982)
IV Симфони “Залуучуудын”
(※交響曲第4番のタイトルの翻訳については余り自信ありません。
もし間違いでしたら、ご指摘お願いいたします。)
ゴンチグソムラーと共にモンゴル国歌を作曲したムルドルジですが、
Wikipedia日本語版によれば、1955年に書かれたムルドルジの交響曲は、
モンゴル初の交響曲だそうです。
チャイコフスキーやマーラーの影響を受けているとのことです。
つまり、親しみやすい穏健な作風という事。
ロブサンジャムツィーン・ムルドルジ - Wikipedia



●ロシア
ギオールギー・カトゥアール(1861-1926)
Георгий Львович Катуар
交響曲ハ短調(1899)
Симфония До минор Op.7
名前からして、フランス系と分かる作曲家。
フランス風では、ジョルジュ・カトワール(Georges Catoire)でしょうか。
私がこの作曲家を知ったのは、
YouTubeに交響曲が上げられていたのが切っ掛けです。
http://www.youtube.com/watch?v=7Jxkeo3e7lQ

彼についてのネットの噂をで調べてみると、
無名である云々という紹介のされ方をよくしています。
Wikipediaですらそういう記述が見られます。
ゲオルギー・カトゥアール - Wikipedia
Wikipediaによれば、彼はかなりの音楽的才能があると認められていた様ですが、
チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフらからは余りよく思われず、
家族や友人らからは作曲活動について支持されず、
絶望の余り一時期隠遁生活を送ったそうですが、
ずっと後にモスクワ音楽院の教授に任命されたとのこと。
その隠居をしていた時期に書かれたのが、この交響曲だそうです。
 
彼が無名に陥った理由の一つとして、
リヒャルト・ヴァーグナーへの忠誠を誓った事にあるようです。
かつてロシア国民音楽創造に燃えていた作曲家の一部は、
西欧ロマン派音楽を、乗り越えるべき“敵”と見做していた所があったため、
良く見られなかったのは当然と言えるでしょう。
Wikipediaにも、当時のロシアの作曲家には、
ヴァーグナー嫌いの傾向がみられるとあり、
リムスキー=コルサコフ一派にはその傾向があったようです。
それが、彼に対する評価の低さに影響を及ぼしているようです。

チャイコフスキーは西欧折衷派でヴァーグナーを嫌ってはいないので、
理由は別にあるようです。
Wikipediaによると、(カトゥアールは)「真剣な勉強が足りません」と、
リムスキー=コルサコフ宛の手紙に書いているそうです。

しかし、交響曲を聴いてみた所、西欧ロマン派一辺倒という感じではなく、
如何にも“ロシアの作曲家の書いたロマン派交響曲”といった感じ
(何となくロシア臭さを感じる交響曲)である上、
中々魅力に溢れた旋律に彩られた隠れた傑作であると思います。

カトゥアールについては、また日を改めて個別に紹介するかも知れません。

ヴァシリー・パヴロヴィチ・カラファーティ(1869-1942)
Василий Павлович Калафати
交響曲イ短調(1912)
Симфония Ля минор
「イ短調」という情報源は、Wikipedia日本語版。
ワシーリー・カラファーティ - Wikipedia
作曲年についての情報源は、下のアドレス先です↓
Калафати, Василий Павлович - Academic.ru
生前は、ロシアの音楽界に於いて重要な存在だった様ですが、
彼の書いた作品自体は余り顧慮されていないそうです。
Wikipediaによれば、作曲様式は、リムスキー=コルサコフに倣っているそうです。
ロシア国民楽派的要素が含まれているのは間違いありません。
しかし、聴けない状況にあります。
それにしても、折角長生きしたのに、レニングラード包囲戦で無くなったとは・・・。
米軍の空襲により新宿駅で亡くなった画家、柳瀬正夢を思い出しました。

ヴァシリー・アンドレーイヴィチ・ザラタリョフ(1872?, 1873?-1964)
Василий Андреевич Золотарёв
交響曲第1番(1902?, 1903?)
Симфония 1 Op.8
交響曲『ベラルーシ』(1934)
Симфония “Белоруссия”
Wikipediaロシア語版によれば、生年は1873年と出ていて、
交響曲は1902〜1962年の間に7曲書いているとの事。
しかし、Wikipedia英語版では、生年が1872年と出ていて、
交響曲第1番が1903年作曲と出ています。
他にも、「1872年生」と出している頁があり、混乱しています。
ロシア暦では1873年となるのでしょうか(よく分かりません)?
Золотарёв, Василий Андреевич - Wikipedia, Русский
生年からして、ロマン派様式の可能性は高いと思われます。
また、革命後にソビエトの作曲家となった様なので、
社会主義リアリズムに則った穏健な作品をずっと書き続けたのかも知れません。
しかし、ほぼアーカイブ的扱いで全く聴けない状況なので、
具体的にはどんな雰囲気の曲を書いているのか知り様がありません。

それにしても気になったのは、
『ヘブライ狂詩曲』(Еврейская рапсодия Op.7,1903)の存在です。
エルネスト・ブロッホ(Ernest Bloch)によるものが有名ですが、
ブロッホは1916年に書いているので、ザラタリョフの方が13年も早いです。

《転載終了》
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2015年12月27日

ニコハヨス・ティグラニャン(Նիկողայոս Տիգրանյան)アルメニアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11372831556.html
2012年10月9日

《転載開始》

Նիկողայոս Տիգրանյանի Nikoghayos Tigranyan.jpg

※画像は『FindArmeina』さんより拝借

ニコハヨス・ティグラニャン(ティグラニャーン、ティグラニアン)
アルメニア文字表記
Նիկողայոս Տիգրանյան
ラテン文字表記
Nikoghayos Tigranian
キリル文字表記
Никохайос Тигранян

アルメニアの作曲家、民族音楽研究者、ピアニスト。
1856年(1857年?)、ギュムリ(Գյումրի)生まれ

9歳で失明する。

1873〜1880年の間、ウィーンの視覚障害者学校で学び、
その後、サンクト・ペテルブルク音楽院で学ぶ。

1921年、故郷ギュムリの学校に、アルメニアで初めて『点字』を導入。

アルメニアの民俗音楽を蒐集し、それをピアノ曲に編曲したり、
自作の曲を作曲する。

1951年、イェレヴァン(エレバン)(Երևան)に没する。
※Wikipedia英語版を元に作成。これで正しいかは各々の判断に任せます。

Նիկողայոս Տիգրանյան - FindArmenia.com
ՀԱՄԱՑԱՆՑ ՀԱՅԱՍՏԱՆՈՒՄ` ԿՈՅՐԵՐԻ ՀԱՄԱՐ - Aztag Daily
Nikoghayos Tigranian - Wikipedia, English

グルジアの作曲家は今まで何人か紹介してきましたが、
アルメニアの作曲家は、
アレクサンドル・スペンディアリャン
(Ալեքսանդր Սպենդիարյան, 1871-1928)
くらいしか紹介していませんでした。
アレクサンドル・スペンディアリャン(Ալեքսանդր Սպենդիարյան)アルメニア作曲家

アルメニアのクラシック音楽の作曲家でよく知られている作曲家は
何人もいますが、皆20世紀以降に活躍した人ばかりです。

例によって私は、スペンディアリャン以前の、
19世紀〜20世紀初頭に活躍した
ロマン派のアルメニア人作曲家が知りたいと思ったので、
それについて調べてみた所、何人か知る事が出来ました。

ちょっと前に、ポルトガルやギリシャの作曲家を
数人纏めて紹介するという事をしたので、
アルメニア人作曲家もそういう紹介の仕方をしようと思いましたが、
それだと、一人の作曲家の紹介に注ぐエネルギーが少なくなるので、
個別に紹介する事にしました。

無名の作曲家を出来るだけ有名にしたいという目的があるので、
一人々々きっちり紹介した方が良いと思ったからです。

それから、「ASV」というレーベルから、
アルメニアの管弦楽作品集(Orchestral Music of Armenia)【DCA 1037】
が出ていて、前々からレビューを書こうと思いつつも、
内容が多くなると思い、かったるくて中々出来ないでいました。
それについても、暫くは後回しにしておきます。

アルメニア人以外の作曲家によるアルメニア国民楽派的作品である、
ミハイル・ミハイロヴィチ・イッポリトフ=イヴァーノフ(イワーノフ)
(Михаил Михайлович Ипполитов-Иванов)による、
『アルメニア狂詩曲』
(Армянская рапсодия на народные темы)1909年
も注目に値します。



さて、本題に移ります。
前述のスペンディアリャンが、
一応『アルメニア国民楽派の祖』という事になってはいます。

しかし、そうでは無いかも知れない作品が
YouTubeに出ているのを発見してしまいました。

カフカースの民謡と舞曲集(ピアノのための)
Անդրկովկասյան ժողովրդական երգեր և պարեր
Caucasian Folk Songs and Dances for piano, op.1(1888)
より、
1:グルジアのロマンス(ქართული რომანის)
『Ախ դիլաւ, դիլաւ』(Ah, Dilav, Dilav!)
『Ախ դիլավ, դիլավ』(Ah, Dilak, Dilak!)
4:アルメニアのラウンドダンス(Հայկական պար)
『Ետ ու առաջը』(Yet u Araj)
7:ペルシャ舞曲(رقص ايراني)
『Շարաշուպ』(Charashup)
『Շարաշուբ』(Charashub)(Charachoube)
演奏:フィリップ・スィアー(シアー)(Phillip Sear)
http://www.youtube.com/watch?v=r6Y0d3fVxqE


スペンディアリャン以前にも
アルメニアのクラシック作曲家は当然いたわけですが、
スペンディアリャンが『アルメニア国民楽派の祖』
と見做されているからと言って、
それ以前のアルメニアの作曲家が、
単なるロマン派様式でしか作曲していなかった
わけでは無かったわけです。

また、アルメニア民謡を蒐集して合唱曲などに編曲したことで功績のある
ゴミダス・ヴァルタベット(コミタス・ヴァルダペット)
(Կոմիտաս Վարդապետ, 1869-1935)
がおりますが、民謡の蒐集とその利用は、
ティグラニャンの方が先の様ですね。

作曲年についてですが、作品番号が1番なので、
かなり早い時期の作品であるのは間違いありません。
上にリンクしてあるアルメニア語による経歴では、
1888年作曲と出ています。

スペンディアリャンのWikipedia頁に出ている最も初期の作品は
1888〜1889年作ですが、
ロシアの詩人の詩に曲を付けたものと思われるので、
ティグラニャンの方が先だと思います。

「カフカース」と銘打っているだけあり、アルメニアだけではなく、
グルジアやペルシャ(イラン)までカバーしています。

YouTubeに出ているのは、
『コーカサスの民謡と舞曲集』から3曲を選んで演奏したものらしいですが、
上にリンクしてあるアルメニア語の頁を見ると、全7曲のようです。

作品を聴いた感想ですが、かなり民俗的要素が強く出ていますね。
初期作品とはとても思えません。
特に、第7曲のペルシャ舞曲なんかは、かなり大胆な旋律が特徴的で、
とても印象深いです。

「Dilav」の意味がよく分かりません。
グルジア文字に直すと「დილავ」となりますが、
それに近い言葉に「დილა」があり、「朝」を意味します。

が、「Ah, Dilav, Dilav!」を「ああ、朝、朝!」と訳して良いものか、
自信がありません。

上にリンクしてあるアルメニア語の頁によっては、
ラテン文字で「Dilak」と表わす文字も出ています。
「朝」で合っているのかも?

YouTubeに、アルメニアのラウンドダンスとして紹介されていた曲
『Ետ ու առաջը』の文字を検索したら、
『カリン』(Կարին)という舞曲が出てきました。参考までに。
http://www.youtube.com/watch?v=BsEEzL9SO4M

http://www.youtube.com/watch?v=nTe6Kin2MmQ


「Charachoube」について検索してみたのですが、全く分かりません。
発音も「チャラチューベ」で良いのかどうかも不明。

「チャラチュベ」「チャラチューブ」等の検索でも分からない。
恐らく、ペルシャ文字による表記では検索でヒットするのかも知れませんが、
その綴りが分からない。

上にリンクしてあるアルメニア語の頁には、
「Շարաշուբ」(Charashub, チャラシュブ)あるいは、
「Շարաշուպ」(Charashup, チャラシュプ)と出ていましたが、
やはり、検索で殆ど出てこない。

アルメニアの画家
スィモン(シモン)・メスロピ・ガルスティヤン(ガルスティヤーン)
(Սիմոն Մեսրոպի Գալստյան, Simon Mesropi Galstyan)1914-2000
による、ティグラニャンの肖像画(1946年)
Գալստյան Սիմոն Մեսրոպի | Նիկողայոս Տիգրանյանի - Հայաստանի ազգային պատկերասրահ

アルメニアの彫刻家
アラ・ミフラニ・サルグスィヤン(サルグスィヤーン)
(Արա Միհրանի Սարգսյան, Ara Mihrani Sargsyan)1902-1969
による、ティグラニャンの肖像木彫刻(1940年)
Երաժշտագետ Նիկողայոս Տիգրանյանի կիսանդրին - Հայաստանի ազգային պատկերասրահ

《転載終了》
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2015年12月23日

リディア・アウステル(Lydia Auster)中央アジア→エストニアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11361152188.html
2012年10月14日

《転載開始》

Lydia Auster.jpg
画像はコチラから拝借↓
Lydia Auster - Eesti Muusika Infokeskus

1912年、ペトロパヴル(Петропавл)生まれ。

1927〜1931年、オムスク(Омск)で、ピアノと作曲を学ぶ。

1931〜1934年、レニングラード音楽院で学ぶ。

1938年、モスクワ音楽院にて、
ヴィッサリオン・ヤコヴレヴィチ・シェバリーン(Виссарион Яковлевич Шебалин)
の許での研究を修め、1944年まで、中央アジア地域で作曲家として活躍する。

1945年、エストニアのタリンへ移住。

エストニア国営放送局で音楽監督を勤める。

民族ロマン主義の作風で、管弦楽、ピアノ、ヴァイオリン、歌曲、合唱、
バレエ等の作品を書いた。

1993年、タリン(Tallinn)没。
※Wikipediaドイツ語版を基に構成。
Lydia Auster(Wikipedia, Deutsch)
Lydia Auster - Eesti Muusika Infokeskus

【代表作】
・幻想的序曲『エストニア』(1945)
Avamäng-fantaasia “Eestimaa”
・エストニア民謡組曲(管弦楽)(1948)
Süit eesti rahvaviisidest, sümfooniaorkester
・ピアノ協奏曲第1番ト長調(1952)
Klaverikontsert nr 1 G-duur, op. 18
・バレエ音楽『ティーナ』(1955)
Ballett “Tiina” op.20
・叙情的小協奏曲『夏のカスム』(ヴァイオリンと管弦楽)(1966)
Lüüriline kontsertiino viiulile ja orkestrile “Suvi Käsmus“, op. 25
・ショート・オペラ『5月の朝』(1970? 1972?)
Novellooper “Maihommik”
Teosed - Eesti Muusika Infokeskus
Muusika24 - Lydia Auster-Novellooper "Maihommik"

ピアノ協奏曲第1番ト長調
ピアノ:ヴァイケ・ヴァヒ(Vaike Vahi)
指揮:ペーテル・リリェ(Peeter Lilje)
演奏:国立エストニア交響楽団(Eesti Riiklik Sümfooniaorkester)
http://www.youtube.com/watch?v=rI_WWZZ5hLI


叙情的小協奏曲『夏のカスム』
ヴァイオリン:ユハン・シュッツ(Juhan Schütz)
指揮:ロマン・マツォフ(Roman Matsov)
演奏:エストニア放送交響楽団(Eesti Raadio Sümfooniaorkester)
http://www.youtube.com/watch?v=R70giv0IfbU


この作曲家は、最近YouTubeに出ているのをたまたま発見して知りました。
ちょっと前に紹介した、同じエストニアの作曲家キリルス・クレークと同様、
20世紀の活躍であるにも拘らず、所謂“現代音楽”に走らず、
穏健な作風で作曲したようです。

ピアノ協奏曲第1番
北欧的な雰囲気を感じる協奏曲。
旋律は殊更明快というわけでは無いけど中々魅力があって表情に富み、
その分楽曲構成も単純に感じられないので、深み溢れるものを感じました。
ピアノパートも適度に技巧性があり、管弦楽との比率的バランスも
取れていると思います。

特に第2楽章(緩徐楽章)の、ピアノやオーボエ等によって奏でられる
情感溢れる旋律の美しさは格別なものがあり、恋愛映画にでも使えそう。
民謡から取られたのでしょうか?

第3楽章は、やや早いテンポの民俗舞曲風旋律。
如何にもフィナーレという感じで感動的。
最後の一歩手前附近で、第1楽章の序奏と同じ音形が再び現われ、
そして締め括り。

叙情的小協奏曲『夏のカスム』
は、時代を反映した様なやや不協和音的な響きで、
明快さはその分後退しますけど、
民謡調の旋律が中々魅力的なので、意外と退屈さを感じませんでした。
幻想的な表現が、中々のもの。

20世紀に活躍したにも拘らず、
穏健な作風を堅持した作曲家は、実は沢山います。
ベルギーの、イェフ・ファン・ホーフ(Jef van Hoof)、
アイルランドの、ハミルトン・ハーティ(Sir Hamilton Harty)、
ノルウェーの、スヴェッレ・ユーダン(Sverre Jordan)、
スウェーデンの、オスカル・リンドベリ(リンドベルィ)(Oskar Lindberg)等々。

で、三枝成彰も指摘している事ですが、
20世紀というのは現代音楽の時代で、
一般的に美しいとされるメロディが否定され、
一般的に耳障りな不協和音とされる音楽が好まれた時代であったため、
ロマン派などの美しいメロディを書く作曲家はまともに相手にされず、
大半は埋もれてしまう事になったようです。
リディア・アウステルも、その中の一人ではないかと思います。

女性である事や中年期の風貌などが、何処と無く、
沖縄民族楽派の祖、金井喜久子を彷彿とさせます。

名前の「Lydia」についてですが、
最初、エストニアの作曲家という事で、
「リティア」と表記しようと思いましたが、
元は中央アジアの出身という事なので、
「リティア」「リディア」両表記にしていました。
現在は、「リディア」表記のみにしています。

今回紹介したピアノ協奏曲はCD化されているようですが、
YouTubeに出ているのは演奏者が同じであるため、
そのCDから取られた可能性が高いです。
チェコとエストニアから - ユビュ王の晩餐のための音楽

Lydia Auster EAÜ – NBC.jpg

ヴァイケ・ヴァヒのピアノ名演集(Klaveril Vaike Vahi)
・ボフスラフ・マルチヌー(Bohuslav Martinů)
ピアノと管弦楽のための小協奏曲(Kontsertiino Klaverile ja Orkestrile)1938
指揮:ネーメ・ヤルヴィ(Neeme Järvi)
演奏:国立エストニア交響楽団(Eesti Riiklik Sümfooniaorkester)
・マティ・クールベルク(Mati Kuulberg)
ピアノ六重奏曲(Klaverisekstett)1974
フルート:サムエル・サウルス(Samuel Saulus)
オーボエ:ヘルドゥル・ヴァルヴ(Heldur Värv)
クラリネット:レイン・カリン(Rein Karin)
ファゴット:イルマル・アーサメッツ(Ilmar Aasamets)
ホルン:ウヴェ・ウースタル(Uve Uustalu)
・リディア・アウステル(Lytia Auster)
ピアノ協奏曲第1番(Klaverikontsert nr 1 G-Duur, Op. 18)1952
指揮:ペーテル・リリェ(Peeter Lilje)
演奏:国立エストニア交響楽団(Eesti Riiklik Sümfooniaorkester)
【EAÜ – NBC】2008年
Vaike Vahi - Klaveril Vaike Vahi (CD) at Discogs
Klaveril Vaike Vahi - Lasering

因みに、やや先輩格にあたるエストニア人作曲家、
マルト・サール(Mart Saar)も、
『エストニア組曲』を書いています(ピアノ曲ですけど)。
Mart Saar - Eesti Süit Nr 1 / Eesti Süit Nr 3 - Discogs



【更新】2015年12月28日
肖像画像を追加。
「リティア(リディア)」両表記を廃し、
「リディア」表記のみに変更。
削除された頁へのリンクを削除。

《転載終了》
posted by Satos72 | ┌ エストニア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする