2015年08月30日

ルトルフ(ルドルフ)・トビアス(Rudolf Tobias)(2)エストニアの作曲家

映像が削除されてしまったので、新しい映像を貼りました。

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11569053293.html
2013年7月20日

《転載開始》

Rudolf_Tobias.jpg


1873年5月29日、ヒーウマー島(Hiiumaa)キャイナ教区(Käina vald)生まれ。
エストニア最初の職業音楽家で、職業オルガニスト。

1882年、若干9歳で作曲を行う。

1885年、ハープサル(Haapsalu)の学校で、
ピアニストの「Catharina von Gerneti」(カタリナ・フォン・ケルネティ?)
にピアノを学ぶ。

卒業後、両親と共に、クッラマー(Kullamaa)へ移住。
当地の事務員として働く。

1889年、タリン・ニコライ一世中高一貫校(Tallinna keiser Nikolai I gümnaasium)
現:グスタフ・アドルフ中高一貫校(Gustav Adolfi Gümnaasium)
の教員試験に合格。

同年、タリン大聖堂(Tallinna Toomkirik)のオルガニスト、
エルンスト・ライニッケ(Ernst Reinicke)に、オルガンと音楽理論を学ぶ。

1893年、サンクト・ペテルブルク音楽院で、
オルガンを、ルイ・ホミリウス(Louis Homilius)に、
作曲を、ニコライ・リムスキー=コルサコフに学ぶ。

1897年、卒業制作として、
カンタータ『ダマスコのイオアン』(Kantaat “Johannes Damaskusest”)
を提出。

卒業後、オルガン奏者や、ペテルブルク聖ヨハネ教会(Peterburi Jaani kirik)
の合唱指揮者を務める。

1904年、タルトゥ(Tartu)へ赴く。

1908年、ヨーロッパの諸都市をまわる。

1910年、ベルリンへ赴く。
同地で、ドイツ作曲家連盟 (Genossenschaft Deutscher Tonsetzer)
に加盟。

1914年、ドイツ国籍取得。

1918年10月29日、肺炎によりベルリンで没する。
ヴィルマースドルフ墓地(Friedhof Wilmersdorf)に埋葬されたが、
1992年、故国エストニアに移葬される。

【資料】
Rudolf Tobias - Wikipedia Eesti

【主な作品】
・悲愴的序曲『ユリウス・カエサル』(1896)
Pateetiline Avamäng “Julius Caesar”
・ピアノ協奏曲ニ短調(1897)
Klaverikontsert d-moll
・カンタータ『ダマスコのイオアン』(1897)
Kantaat “Johannes Damaskusest”
・弦楽四重奏曲第1番ニ短調(1899)
Keelpillikvartett nr.1 d-moll
・弦楽四重奏曲第2番ハ短調(1902)
Keelpillikvartett nr.2 c-moll
・エストニア民俗旋律による幻想曲(ピアノ)(1902)
Fantaasia eesti rahvaviisidele, Klaver
・メロドラマ『カレヴィポエク(カレヴの息子)の夢』(1905-1907)
Melodraamad “Kalevipoja unenägu”
・オラトリオ『ヨナの使命』(1909)
Oratoorium “Joonase lähetamine”

【資料】
http://www.emic.kul.ee/tobias/biography1.htm
Rudolf Tobias (1873-1918) - Kreutzwaldi sajand

ピアノ協奏曲ニ短調
演奏:エストニア放送交響楽団(Eesti Raadio ja TV sümfooniaorkestri)
指揮:ネーメ・ヤルヴィ(Neeme Järvi)
http://www.youtube.com/watch?v=ZdfbmrlCQBg


エストニアに於ける、いわゆるクラシック音楽の最初の作曲家の1人。
エストニアで初めて、管弦楽作品を書きました。

エストニアの作曲家には、トビアスよりも先に、
アレクサンテル・サエベルマン=クニレイト
(Aleksander Saebelmann-Kunileid, 1845-1875)
や、
アレクサンテル・ラッテ(Aleksander Läte, 1860-1948)
などがいるのですが、


純粋器楽曲を本格的に作曲し始めた最初の作曲家という意味では、
トビアスが最も初期の作曲家と言えるのかも知れません。

エストニア最初の管弦楽作品『序曲 ユリウス・カエサル』の1年後に、
アレクサンテル・ラッテが『序曲 カレワラ』(Avamäng “Kalevala”)を書いています。

その又更に2年後(1899年)に、アルトゥル・カップ(Artur Kapp)が、
『序曲 ドン・カルロ』(Avamäng “Don Carlos”)を書きました。



さて、本題に移ります。
2008年8月28日に
CD化を希望するマイナークラシック曲(2)
というエントリーを書いたのですが、その中で、
トビアスのピアノ協奏曲について言及しています。

そのピアノ協奏曲を、やっと聴く事ができました。
とは言うものの、YouTubeに出ていたものを聴いたのです。
CD化は未だされていないようです。

『ユリウス・カエサル序曲』CHANDOS【CHAN 8656】【CHAN 24126】
『弦楽四重奏曲第1、第2番』BIS【CD-704】
『オラトリオ ヨナの使命』BIS【CD-731】
等、主だったものはCD化されているのですが、
その重要と思われる作品の中で、
何故かピアノ協奏曲だけがCD化されていないという。

ピアノパートには高度な技巧性を要する部分が随所にあり、
表情豊かで、中々聴き応えあります。
なので、広めないと勿体無いと思いました。

前半は主に、エレジー風、夜想曲風の、苦悩し揺れ動く心を描写した様な雰囲気。
中盤附近には、遊園地の様な明るい躍動感のある旋律が出てきます。
後半は主に、緊張感溢れる、戦っている場面を描写した様な、
悲劇的な舞曲風旋律です。

全体で20分程なので、「小協奏曲」(コンツェルトシュテュック)
と呼ぶ方が相応しいでしょうか。

言うまでも無い事ですが、この曲は、
「エストニア最初のピアノ協奏曲」でもあります。

エストニア最初の交響曲は、
アルトゥル・レンバ(Artur Lemba)によるもので、
1908年に初演されましたが、トビアスのピアノ協奏曲は、
作曲された当時、未だ19世紀でした。

色々と状況が凄いのですが、それでも未だCD化されていないという。



因みに、エストニアの50クローン(50 Krooni)紙幣に、トビアスが描かれています。
http://www.leftovercurrency.com/banknotes/estonia/estonian-krooni.php



ここ最近、色々と願いが叶う事が多いです。
エルンスト・ミエルクの『フィンランド組曲』もやっと聴けましたし。

運が向いてきたのか何なのか、取り敢えず、この調子で頑張ろうと思います。

《転載終了》
タグ:エストニア
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2015年08月27日

ブルゴー=デュクドレー(Louis-Albert Bourgault-Ducoudray)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11580688504.html
2013年7月28日

《転載開始》

Louis-Albert_Bourgault-Ducoudray.jpg


※画像は、Wikipediaより拝借。

ルイ=アルベール・ブルゴー=デュクドレー
Louis-Albert Bourgault-Ducoudray

1840年2月2日、フランス、ナント(Nantes)生まれのブルトン人(Breton)。
作曲家、ピアニスト、パリ音楽院教授(音楽史、音楽理論)、ローマ賞(Prix de Rome)受賞者。

バス=グレーヌ(Basse-Goulaine)で育ったデュクドレーは、
ブルトンの民間伝承、音楽、文化などに魅了され、影響を受けた。

1862年、
カンタータ『ルイーズ・ドゥ・メズィエール』
Cantata “Louise de Mézière”
で、ローマ賞第一等受賞。

普仏戦争に於けるパリ包囲戦(Siege of Paris, 1870–71)で負傷。
軍メダル(Médaille militaire)を授与される。

1878年、パリ音楽院(Conservatoire de Paris)の音楽史の教授となる。
門人に、
アシル=クロード・ドゥビュスィー(ドビュッシー)(Achille-Claude Debussy)
シャルル・ルイ・ウジェーヌ・ケクラン (Charles Louis Eugène Koechlin)
らがいる。

ローマのヴィッラ・メディチ(Villa Medici)に滞在して作曲にいそしむが、
そこで、ジュール・エミール・フレデリック・マスネー
(Jules Émile Frédéric Massenet)と親友となる。

1898年、アナトール・ル・ブラーズ(Anatole Le Braz)を中心に、
ブルトンの独立の理念、理想、文化の推進を目的として設立された、
『ブルターニュ地域主義連合』(Kevredigezh Vroadel Breizh)に参画。

1910年、ヴェルヌイエ(Vernouillet)にて没する。

【主な作品】
・交響曲(1861)
Symphonie
・カンタータ『ルイーズ・ドゥ・メズィエール』(1862)
Cantata “Louise de Mézière”
・歌劇『メオ・パタッカ』台本:ジュゼッペ・ベルネーリ(1864)
Opéra “Meo Patacca”, Giuseppe Berneri
・信仰交響曲(1868)
Symphonie religieuse
・ギリシャと東洋の30の通俗旋律(民謡収集)(1876)
Trente mélodies populaires de Grèce et d'Orient
・歌劇『アンヌ・ドゥ・ブルターニュ』(1879?)
Opéra “Anne de Bretagne”
・歌劇『タマラ』(1881)
Opéra “Thamara”
・カンボジア狂詩曲(管弦楽とガムラン)(1882)
Rhapsodie cambodgienne pour orchestre avec gamelan
・低地ブルターニュの30の通俗旋律(民謡収集)(1885)
Trente mélodies populaires de Basse Bretagne
・歌劇『ミルディン』(1905)
Opéra “Myrdhin”
・14のケルトの旋律(民謡収集)(1909)
Quatorze mélodies Celtiques
・交響詩『アテネの謝肉祭』
Poème symphonique “Carnaval d'Athènes”
・交響詩『エジプトの踊り』
Poème symphonique “Danse égyptienne”
・交響詩『オフィーリアの埋葬』
Poème symphonique “L'enterrement d'Ophélie”
・交響詩『サウルの息子』
Poème symphonique “Le fils de Saül”

【資料】
Louis-Albert Bourgault-Ducoudray - Wikipedia English

カンボジア狂詩曲(Rhapsodie cambodgienne)1882
http://www.youtube.com/watch?v=RNLXLCbD75A


フランスにも、超が付く程のマイナー作曲家はまだいます。

国はメジャーでも、無名な人はいるのです。
私はそういった人に光を当てるのです。

例えば、スカンジナビア交響曲(Symphonie Scandinave)を書いた、
フランソワ=ルイ・フランスィス(フランシス)・カザドスュ
(カザドジュ、カサドシュ)(François-Louis Francis Casadesus)
とか(ネタバレ失礼)。

それはいずれ紹介するとして、今回紹介するのは、ブルトン人作曲家です。

ブルトン人作曲家と言えば他に、ポール・ラドミロー(Paul Ladmirault)
がいて、半年か1年前頃に弊ブログで取り上げようと思っていましたが、
他に優先して取り上げたいネタが色々あって、先延ばしになっております。

まず、デュクドレーを取り上げようと思った一番の理由というのが、
『カンボジア狂詩曲』という、カンボジアの民族旋律を用いて作曲された曲が、
とてもユニークではないかと思ったから。

作曲された当時としても、かなり画期的だったのかも知れません。

1889年に、ドビュッシーがパリ万博でガムランの演奏を聴いて、
カルチャーショックを受けたという話は有名ですが、『カンボジア狂詩曲』は、
その7年前に作曲されているというだけではなく、編成の中に、
ガムラン(インドネシアやその近辺の、民族楽器や民族音楽の合奏形態をさす)
の楽器が含まれているそうです。

しかも、ドビュッシーは、デュクドレーの門下生です。

その上、このパリ万博で『カンボジア狂詩曲』の一部が演奏されたそうです。
こちらをご覧ください↓
http://tombeau.exblog.jp/i4/

19世紀後半に東洋を題材にしたクラシック曲と言えば、他に、
イギリスの作曲家、アーサー・サリヴァン(Arthur Sullivan)
喜歌劇『ミカド』(Operetta “The Mikado” 1885)があります。

作曲当時のイギリスでは、


フランスのジャポニスムみたいに日本ブームだったそうで、
それに便乗して作られたといわれる、
ウィリアム・シュウェンク・ギルバート(William Schwenck Gilbert)脚本による、


イギリスでは人気のオペレッタだそうですが、
登場人物の名が、いかにも宇宙人みたいな奇妙な名前
(『ティティプ』『ナンキ・プー』など)の上に、歌詞もふざけた感じ。

やはりというか、中国と混同している部分もあります。
日本人がこれをみたらバカにされたと思うかも
(作者にはそのつもりは無いと思いますが)。

20年前に、このオペレッタについて書かれた本を読んだ記憶があって、
明治時代に日本で上演された時、聴衆から「ふざけるな」と
ブーイングが上がったとか書いてあったと記憶しているのですが、
改めてネットで裏付け確認してみた所、よく分かりませんでした。

記憶違いの可能性もあるので、鵜呑みにしないでくださいね。

天皇に対して不敬であるとして日本での上演が禁止されたのではないか
という話もあった様な無かった様な記憶もありますが、
Wikipediaにもその話は出ています。
ミカド (オペレッタ)(Wikipedia)
が、真偽の程は定かではないとのこと。
http://d.hatena.ne.jp/saebou/20110226/p1

映像を見てみましたが、一瞬「モンティ・パイソン」(Monty Python)かと思いました↓
http://www.youtube.com/watch?v=RBNAefAmrdU

いずれにしても、こういったわけなので、日本ではまともに上演されません。

話を元に戻します。

◎『カンボジア狂詩曲』を聴いた感想◎
Rapsodie cambodgienne (Bourgault-Ducoudray, Louis-Albert) - IMSLP
カンボジアの伝統音楽、民族旋律を、
後期ロマン派的味付けを施したオーケストラ作品にしたもの。
2楽章制。

冒頭には、フルートなどによって、東南アジアの農村風景を彷彿とさせる、
のんびりした旋律が奏でられますが、その後、
表情豊かな旋律が、確かなオーケストレーションに支えられて、
色々と繰り出されます。

西洋クラシック音楽の素材として、カンボジアの民族旋律を用いたという感じで、
露骨にアジアらしさを出すといった感じでは無いですが、
こういう試みは、1882年当時としてはかなり画期的な試みだったのかも
知れません。

アジア的なクラシック音楽の先駆けの一つ?
(中東や中央アジアではなく、極東とか東南アジアという意味)

こういうユニークな試みは好きですね。

『ずいずいずっころばし』等、日本の童謡を思わせるフレーズも出てきます。
(まあ、アジアという意味では同じですから)

因みに、カンボジアの伝統音楽はこんな感じ↓
http://www.youtube.com/watch?v=z1vBnjR7lko
『カンボジア狂詩曲』にも、これに近い雰囲気の旋律は出てきますね。



◎CD化状況◎
因みにこの曲は、「Marco Polo」からCD化されております。

エルネスト・ファヌリ(Ernest Fanelli)とのカップリングです。

Ernest Fanelli Marco Polo 8.225234.jpg


交響的絵画『ミイラのロマンス』
Tableaux Symphoniques d'après “Le Roman de la Momie”
演奏:スロヴァキア放送交響楽団
Symfonický orchester Slovenského rozhlasu
指揮:アドリアーノ
Adriano
【MARCO POLO 8.225234】2002年

《転載終了》
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2015年08月24日

イェーカプス・オゾルス(Jēkabs Ozols)ラトヴィアの作曲家と、バルト三国各国の初歌劇

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11599670836.html
2013年8月25日

《転載開始》

イェーカプス・オゾルス(ヤーカブス・ウァズァルス)(Jēkabs Ozols)
1863年8月9日生まれ
1902年8月30日死去

【主な作品】
ラトヴィア初の歌劇『幽霊の時間』(1幕)1893
Opera “Spoku stunda”
http://www.webtravelmap.com/attractions.php?did=37&mbr=8
http://en.wikipedia.org/wiki/Latvian_National_Opera
http://www9.plala.or.jp/dxc_opera/comp/o/ozols.html



以前、リトアニア初の国民歌劇と、エストニア初の国民歌劇をご紹介しました。

歌劇『ビルーテ』(Opera “Birutė”)1906
ミカス・ペトラウスカス(Mikas Petrauskas)1873-1937
http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10684039935.html

歌劇『ヴァイキング』3幕(Ooper “Vikerlased”)1928
エヴァルト・アーヴ(Evald Aav)1900-1939
http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10657958318.html



で、今回は、ラトヴィア初の国民歌劇のご紹介をいたします。

が、ネット上に殆ど情報が出ておりません。
興味深い題名ですが、どんな内容なのか不明。
バルト三国の中では最も早く書かれた国民オペラであるにも拘らず、です。

また、作曲者についても情報が殆ど出ておりません。
特に、肖像写真が出ていないのが残念でした。

名前の発音については、
日本語に精通しているラトヴィア人と思われる方から、
Twitterにより直々に教えて戴きました。
https://twitter.com/OtsukaSatoru/status/369423039877754880

私の「イェーカプス・ウァズァルス?」の書き込みに対し、
「ヤーカブス・ウアズアルス」だとのこと。

でも「Ozols」は、記事タイトルでは便宜上、
敢えて表記重視の「オゾルス」で出しました。



これだけではどうしようもないですが、以前ご紹介した、
リトアニアとエストニアの初オペラの音楽の一部が動画サイトに出ていたので、
ここに貼らせていただきます。

以前取り上げた時は、未だ音楽が動画サイトに出ていなかったのです。



ビルーテ(Birutė)より、『ビルーテのアリア』(Birutės arija)
ソプラノ:グラジナ・アパナヴィチューテ(Gražina Apanavičiūtė)
http://www.youtube.com/watch?v=WbfATFalqrA

ソプラノ:アスタ・クリクシチューナイテ(Asta Krikščiūnaitė)
http://www.youtube.com/watch?v=XfuMNGJdi4U




ヴァイキング(Vikerlased)より、戦士たちの合唱(Sõdalaste koor)
合唱:タルトゥ・アカデミー男声合唱団(Tartu Akadeemiline Meeskoor)
演奏:ヴァネムイネ交響楽団(Vanemuise sümfooniaorkester)
指揮:ミヒケル・キュツォン(Mihkel Kütson)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16270277

http://www.youtube.com/watch?v=o5rVcAp2B5s


《転載終了》
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