2015年06月28日

リカルド・ビリャ・ゴンサレス(Ricardo Villa González)スペインの作曲家

Ricardo Villa González.jpg

リカルド・ビリャ・ゴンサレスの紹介記事を書いた後、
顔写真がネットに出ました。
しかし、生年が「1871」という風に、情報に一部食い違いがあります。
Ricardo Villa Gonzales (1871 - 1935) - Festival Cimarosa

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11766446691.html
2014年2月9日

《転載開始》
1873年10月23日、マドリード生まれの、作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者。

最初、父から、ヴァイオリニストとしてのレッスンを受ける。

その後、マドリード音楽院(Real Conservatorio Superior de Música de Madrid)で、
ヘスース・デ・モナステリオ・イ・アグエロス(Jesús de Monasterio y Agüeros)にヴァイオリンを学び、
エミリオ・セラーノ・イ・ルイス(Emilio Serrano y Ruiz)に作曲を学ぶ。

17歳で、アポロ劇場(Teatro Apolo)のオーケストラのヴァイオリニストとなる。

1898年より、マドリード王立歌劇場(Teatro Real)のオーケストラと、
マドリード演奏協会(Sociedad de Conciertos de Madrid)のオーケストラの、
バイオリン奏者となる。

1905年より、マドリード王立歌劇場の指揮者となる。

ヒホン市立楽団(Banda Municipal de Gijón)と
サンタンデール市立楽団(Banda Municipal de Santander)の
指揮者も務める。

1909年に新設された、マドリード市立管弦楽団(Banda Sinfónica Municipal de Madrid)
の指揮者に就任する。

1935年4月10日、マドリードに没する。

【主な作品】(管弦楽)
・交響曲『セゴビアの歌』 - 4楽章(1899年)
Cantos segovianos - sinfonía en cuatro tiempos
・アストゥリアス狂詩曲(アストゥリエス狂詩曲) - ヴァイオリンと管弦楽のための(1906年)
Rapsodia asturiana para violín y orquesta

【主な作品】(吹奏楽)
・アストゥリアーナ
Asturiana
・スペイン大幻想曲(ピアノと吹奏楽のための幻想曲) - 3楽章
1:ポロ(アンダルシアの民謡)ロマのポロ、または、フラメンコのポロ - アレグロ・モッソ
  セギディーリャ(スペインの舞踊 - 15世紀のラ・マンチャ起源)
2:ムニェイラ(ガリシアの舞踊) - モルト・トランキッロ
3:サパテアード(アンダルシアの舞踊) - アレグロ・ヴィーヴォ/ヴェローチェ
Gran Fantasía Española(Fantasía para piano y banda sinfónica)
1:Polo(Polo gitano o polo flamenco)Canto popular andaluz - Allegro Mosso
Danza española de origen manchego del siglo XV - Animado
2:Muñeira(Danza gallega cantada) - Molto Tranquilo
3:Zapateado (Danza andaluza “zapateada”) - Allegro Vivo/Veloce
・荘厳的行進曲(アルフォンソ13世へ献呈)
Marcha solemne
・メナスのキリストへの祈り(詞:ルイス・ムニョス・ロカ)
Plegaria al Cristo de Mena(Luis Muñoz Roca)

【主な作品】(サルスエラ:Zarzuelas)
・ラモン・リュイ(1902年)
Raimundo Lulio(Ramon Llull)
・愛のギター(1916年)
La Guitarra del amor
・ベハのキリスト(1917年)
El Cristo de la Vega


・盗賊の巣窟(泥棒組合の庭)(1919年)
El Patio de Monipodio

【資料】
Ricardo Villa González(Wikipedia, Nederlands)
Вилья Гонсалес, Рикардо(Wikipedia, Русский)

◎アストゥリアス狂詩曲(アストゥリエス狂詩曲)
http://www.youtube.com/watch?v=KZL5VtH1xyU


これは、隠れた傑作かも知れません。

パブロ・デ・サラサーテ(Pablo Martín Melitón de Sarasate y Navascuéz)
のために書かれたそうですが、それに見合う様に、
ヴァイオリンの超絶技巧が心地よい!!

サラサーテとか、エドゥアール・ラロの『スペイン交響曲』とか、
リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』等が好きな方には、
大変お薦めしたい曲です。

全体の構成もバランスが取れていると思います。

只、残念なのは、終止音の部分の音が、YouTubeでは途切れていること。
(恐らく、LPからの録音と思われます)

まあいずれにしても、NAXOSさん辺りが飛び付きそうな曲には
間違いないとは思うのですが。

「アストゥリアス」とは、
「アストゥリアス州」(Principado de Asturias)の事ですが、
ここで話されている「アストゥリアス語」(l'asturianu)は、
スペインの公用語である「カスティーリャ語」(castellano)
と同じ「ロマンス諸語」の一つですけど、
カスティーリャ語と共に「俗ラテン語」から派生した言語であって、
カスティーリャ語から派生した「方言」ではないそうです。
アストゥリアス語(Wikipedia)

「アストゥリアス」は、
アストゥリアス語で「アストゥリエス」(Asturies)と呼ぶそうなので、
私の好きなローカリズムに則るならば「アストゥリエス狂詩曲」と書くべきかも
知れません。

でも取り敢えずは、「アストゥリアス狂詩曲」表記を主に出し、
「アストゥリエス狂詩曲」表記は括弧付きで出す事にします。

ビリャは、マドリード出身でありながらも、
アストゥリアスに因んだ吹奏楽曲『アストゥリアーナ』も書いていますね。



◎スペイン大幻想曲(ピアノと吹奏楽のための)
(追記:最初、YouTubeに出ていないと思ったのですが、
改めて調べてみたところ、複数の演奏が出ているのを確認しました。)
演奏:ベニドルム音楽院(ホセ・ペレス・バルセロ音楽院)吹奏楽団
(Orquesta de viento y percusión del Conservatorio Profesional de Música de Benidorm)
(Conservatorio Profesional Municipal de Música José Pérez Barceló)
指揮:ペドロ・サリナス・ロブレス(Pedro Salinas Robles)
ピアノ:パメラ・ペレス(Pamela Pérez)
より、第1楽章
http://www.youtube.com/watch?v=nPQiTPkRmA0


この曲を聴く事が出来るサイト↓
演奏:リリア音楽連盟(Unió Musical de Lliria)
指揮:フランク・デ・ヴイスト(Frank De Vuyst)
ピアノ:ジェイマ・リーガン(Jama Reagan)
"Gran Fantasía Española" de Ricardo Villa / Frank De Vuyst

Ricardo Villa González, Gran Fantasía Española.jpg


素晴らしいではありませんか!!

非常に勿体無いですねェ〜!!

ピアノと吹奏楽による協奏曲形式というのも珍しいと思います。

NAXOSさん、考えてみては如何ですか?

イサーク・アルベニスの『スペイン狂詩曲』が好きという人にお薦め!!

「フランク・デ・ヴイスト」は「フランク・ドゥ・フェイスト」が原音に近いかも?
オランダ語の「ui」「uy」は、ドイツ語の「öü」に相当するらしい。
発音記号で[œy]となる様なのです。
http://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/dutch/pron.htm

このノリでいけば、交響曲『セゴビアの歌』(【主な作品】参照)
もとても期待出来そうに思います。

NAXOSさん、何とかなりませんか?(しつこい?)



◎ベハのキリスト
【主な作品】にある「ベハのキリスト」とは、トレドの民間伝説を基に、
ホセ・ソリーリャ(José Zorrilla)が文学作品にしたものが、
『ベハのキリスト伝説』(Leyenda del Cristo de la Vega)だそうで、
『詩集』(Poesías, 1838年)に含まれているそうです。
Leyenda del Cristo de la Vega(Wikipedia, Español)



Wikipediaオランダ語版によれば、ビリャは、
生前は、作曲家としても指揮者としても重要視されていたそうですけど、
現在は、殆ど埋もれている感じがします。

肖像画も肖像写真も、ネット上に見つけられませんでした。
どうなっているのでしょうか?

CDの存在を検索で調査してみたのですが、
クラシックとは無関係のチリの音楽家、
リカルド・ビジャロボス(ヴィラロボス)(Ricardo Villalobos)
のものばかりが出てきました。
RICARDO VILLALOBOS - リカルド・ヴィラロボス - Higher Frequency

Wikipedia頁も混乱していて、スペイン語版は、勘違いなのか、
サッカー選手の「リカルド・フリオ・ビジャ」(Ricardo Julio Villa)
の頁にリンクされていて、作曲家のビジャの頁は今の無い様ですし、
オランダ語版は、リンクに加えられておらず、孤立状態(2014年2月9日現在)。



【追記】
オーケストラ・ナデージダの第10回演奏会は、2014年4月19日に、
狛江エコマルホール(狛江駅前)にて行われるそうです。
第10回演奏会のチラシが完成しました! - Orchestra Nadezhda オーケストラ・ナデージダ

1:リンドベリ:3つのダーラナの絵画
Oskar Lindberg:Tre dalmålningar op 1, svit (1907-1908)

2:ニールセン:交響曲第2番「4つの気質」
Carl Nielsen:Symfoni nr. 2 op. 16 “De fire Temperamenter” (1901-1902)

3:リャプノフ:交響曲第1番ロ短調
Сергей Михайлович Ляпунов:Симфония 1 h-moll (1885-1887)

これは鑑賞しに行こうと思います。



【追記2】
「LL」(Lの二重子音)は、「リュ」なのか「ジュ」なのかという問題について。

Wikipediaによると、近年は、
マドリード首都圏を中心に後者の発音が優勢となったそうですが、
かつては前者が標準とされていたそうで、私としても、
「Ricardo Villa」が生前どの様に呼ばれていたのかを重要視したいため、
「Villa」を「ビリャ」と表記する事にします。
スペイン語の日本語表記(Wikipedia)

一応念のため、「リカルド・ビジャ」「ホセ・ソリージャ」とも打ち込んでおきます。



【追記3】
「El Patio de Monipodio」の日本語訳について。

「patio」とは、スペイン語で「裏庭」を意味するそうで、
日本では一般的に「床にタイルを貼ったスペイン風の中庭」
と紹介されている様です。
パティオ(コトバンク)
パティオ(Wikipedia)

「monipodio」とは、「泥棒組合」の意味だそうですが、
再び日本語の説明文の出ている頁を確認しようと思ったものの、
全く出てきませんでした(削除された?)。

別の頁では、「patio de Monipodio」は「盗賊の巣窟」と出ていました。
http://www.flc.jp/ej/p.htm

意訳的には「盗賊の巣窟」という意味になるのかも知れないので、
【主な作品】中の「El Patio de Monipodio」の意味を「盗賊の巣窟」としました。

が、念のため、「泥棒組合の庭」とも括弧付きで出しました。

《転載終了》
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2015年06月22日

ゲオルギ・ペトロフ・シャグノフ(Георги Петров Шагунов)ブルガリアの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-11748665983.html
2014年2月25日

《転載開始》
Георги Петров Шагунов.jpg


ブルガリア初期の作曲家、音楽教師、楽長(カペルマイスター:Kapellmeister)。
ブルガリアの軍楽隊の創設と、ブルガス(Бургас)の音楽シーンにとって重要な音楽家。
ブルガリア音楽文化の発展に大きな貢献を果たす。

1873年3月15日、プロヴディフ(Пловдив)で、カロフェル(Калофер)出身の父と、
ギリシャ人の母との間に生まれる。
裕福な家庭であった。

16歳まで、同地の聖アウグスティヌス学校(Колеж "Свети Августин")で学ぶ。

父は、ゲオルギが医者になる事を望んでいたため、
1889年より、フランスの聖ヨハネ高等学校(Lycée Saint-Jean)に学んだ後、
フランスのリヨン大学(Université de Lyon)に入学、在籍していたが、
リヨン音楽院(Conservatoire de Lyon)で、ホルン、コルネット、音楽理論、指揮法を学ぶ。

在学中に、リヨン吹奏楽団(Brass band de Lyon)の副指揮者に任命される。

1895年、ブルガリアに帰国すると、故郷プロヴディフの第3騎兵連隊の軍楽隊長に就任。

1896年、ロム(Лом)の第2騎兵連隊の軍楽隊長に就任。

1897年、ブルガスに移住。亡くなるまでそこに住んでいた。

1930年まで、第24黒海歩兵連隊(24-ти Пехотен Черноморски полк)
の軍楽隊の指揮者を務めていた。

第一次バルカン戦争(1912-1913年)時、
シプカ(イヌバラ)第30連隊(30-и Шипченски полк)の軍楽隊長を務める。

ブルガスに、祖国の響き(Родни звуци)を設立。

ブルガスの音楽学校で、吹奏楽クラスの教師を務める。

>1948年11月10日、ブルガスにて死去。

【管弦楽作品】(За симфоничен оркестър)
・幻想曲『フリスト・ボテフ』 Фантазия “Христо Ботев” -(1922)
・祝典序曲 Тържествена увертюра (1926)
・交響組曲『ブルガリア的』 Симфонична сюита “Българка” (1927)
・交響曲第1番『バルカンの国々』 Симфония 1 “Балканите” (1931)
・交響曲第2番『マリツァ川』 Симфония 2 “Марица” (1931)
・交響曲第3番『夢の旅』 Симфония 3 “Пътуването в сън” (1933)
・交響曲第4番 Симфония 4 (1935)
・序曲『祖国の音色』 Увертюра “Родни звуци” (1945)
・交響曲第5番 Симфония 5 (1946)
・交響曲第6番 Симфония 6 (1948)

【吹奏楽作品】(За духов оркестър)
・カヴァル Кавал (1900)
・ゲルダ Герда (1905)
(「雪の女王」の登場人物の事か?)

【吹奏楽のための序曲】
・序曲『マケドニア的』 Увертюра “Македонка” (1903)
・序曲『スラヴャンカ山』 Увертюра “Славянка” (1904)
・序曲『エマヌイル・マノロフ』 Увертюра “Емануил Манолов” (1907)
・序曲 Увертюра (1915)
・序曲 Увертюра (1932)

【吹奏楽のための幻想曲】
・幻想曲『フリスト・ボテフ』 Фантазия “Христо Ботев” (1914)
・幻想曲『ボテフの追憶』 Фантазия “Ботеви спомени” (1926)
・幻想曲『インジェ・ヴォイヴォダ』 Фантазия “Индже войвода” (1926)
・幻想曲『リリャナ』 Фантазия “Лиляна” (1927)
・幻想曲『П・ヤヴォロフ』 Фантазия “П. Яворов” (1944)
・幻想曲『アレグロ・モデラート』 Фантазия “Алегро модерато” (1915)
・幻想曲『ヴィトシャ山への挨拶』 Фантазия “Поздрав на Витоша” (1943)

【弦楽合奏のための作品】(За струнен оркестър)
・民族的連舞曲 Народни хора (1907)
・戯曲 Пиеса (1915)
・ラチェニツァ第1番 Ръченица 1 (1924)
・ラチェニツァ第2番 Ръченица 2 (1926)
・チェロと弦楽合奏のための協奏曲 Концерт за виолончело и струнен оркестър (1925)

【室内楽のための作品】(Камерна музика)
・六重奏曲『最後の時間』 Секстет “Последният час” -(1901)
・金管五重奏曲 Духов квинтет (1948)
・五重奏曲『ブルガス』 Квинтет “Бургас” (1948)
・ヴァイオリンとピアノのための幻想曲『愛しき祖国』
Фантазия за цигулка и пиано “Мила родино” -(1942)

【行進曲】(Маршове)
・Н・В皇帝のための賛歌 Химн за Н. В. Царя (1908)
(ヴラジーミル・ニコラエヴィチ・ヴォエイコフ Владимир Николаевич Воейков の事か?)
・独立 Независимостта (1908)
・ピアノのための行進曲 Маршове за пиано (1921)
・バルカンの勇士たち Юнаци Балканци (1926)
・マエストロ・ミハイロフ Маестро Михайлов (1931)
・祖国の歌 Родна песен (1932)
・親衛音楽隊 Гвардейци музиканти (1934)
・唯一の誓い Един завет (1934)
・英雄 Юнак (1935)
・ブルガリアの行進 Марш на българите (1939)
・我らは行く Ний идем (1939)
・神よ、我らの王を護り賜え Боже, царя ни пази
・我らの王の呼び声の前に Царят ни зове напред

【資料】
Георги Шагунов(Wikipedia, Български)
Georgi Schagunow(Wikipedia, Deutsch)

行進曲『唯一の誓い』
Марш ≪Един завет≫
http://www.youtube.com/watch?v=lDsvslEK1Rs


ブルガリアの作曲家と言えば、
パンチョ・ハララノフ・ヴラディゲロフ(Панчо Хараланов Владигеров)


が最も知られていますけど、他にも色々作曲家がいるわけで、例えば、
ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)という作曲家を、
最近弊ブログで紹介しました。

今回紹介する作曲家は、軍楽隊を率いていたという事もあり、
主に吹奏楽作品を書いている様ですが、管弦楽作品も書いている様で、
交響曲も、私の知る限り6曲も書いています。

作品の表題を見てみると、地元ブルガリアや、
バルカン地方に因んだものが多いのが分かります。

ブルガリア国民楽派の重要な作曲家なのだろうというのが分かりました。

しかしその割には、埋もれているというか、僅かに吹奏楽の作品が、
YouTubreに出ている程度という気がします。

CDも見つけられませんでした。

YouTubeに出ている曲を聴いた限りでも、
分かりやすくて親しみやすい作品を書いているというのが分かりました。

なので、もっと注目されるべきではないかと思います。



◎「フリスト・ボテフ」とは?
作品欄中の「Христо Ботев」については、
ニコラ・アタナソフの記事で紹介していますので、そちらをご覧ください。
(後述する、ペヨ・ヤヴォロフの項でも軽く触れています)
ニコラ・アタナソフ・キタノフ(Никола Атанасов Китанов)



◎「マリツァ」とは?
作品欄中の「Марица」とは、「マリツァ川」の事と思われます。
全長480kmの、バルカン半島最長の川だそうです。
ブルガリア西部のリラ山地(Рила)に源を発し、ギリシャ、トルコ、
ギリシャとトルコの国境を流れ、エーゲ海へと注ぐ。
マリツァ川(Wikipedia)



◎「カヴァル」とは?
作品欄中の「Кавал」とは、
ブルガリアやルーマニアなど南東ヨーロッパで見られる、
民謡や踊りの旋律を演奏するために使う楽器で、
合奏や歌の伴奏にも用いられるとのこと。
元来は、羊飼いの笛だったそうです。
カバル(Wikipedia)



◎「スラヴャンカ」とは?
作品欄中の「Славянка」とは、
ロシア語で「スラヴの村」という意味だそうですが、
ブルガリアとギリシャの国境に「スラヴャンカ山」というのがあるそうなので、
恐らくその事を指しているのだと思います。
スラヴャンカ(Wikipedia)



◎「エマヌイル・マノロフ」とは?
作品欄中の「Емануил Манолов」とは、
シャグノフの先輩にあたる、ブルガリアの作曲家(1860-1902)の事で、
ブルガリア初の歌劇『スィロマフキニャ』(Сиромахкиня)を書いたそうです。

実はこの作曲家、1ヶ月程前に既に知っていて、
いずれブログで取り上げるつもりでした。
近々取り上げられたら、と思います。
Емануил Манолов(Wikipedia, Български)



◎「インジェ・ヴォイヴォダ」とは?
作品欄中の「Индже войвода」とは、
18世紀後半から19世紀初頭にかけてブルガリアを荒らしまわった、
ハイドゥク、盗賊団の首領(1755-1821)の事だそうです。

民間伝承によれば、19世紀初頭に略奪行為をやめ、
オスマン帝国に対して反逆し戦いを挑んだ英雄とされ、
民謡にも歌われている様です。
Индже войвода(Wikipedia, Български)

「ハイドゥク」またはハイデュク(Hajduk、haiduk, haiduc, hayduck, hayduk)とは、
バルカン半島での、無法者、追いはぎ、又は、自由の闘士の総称だそうです。

バルカン半島の民族伝承では、オスマン帝国支配に戦いを挑んだり、
トルコから略奪を働く等の、ロマン主義的英雄像とされているそうで、
イングランド伝説の義賊、ロビンフットと比較されているそうです。
ハイドゥク(Wikipedia)

「ヴォイヴォダ」とは、中世・近世のスラヴ・東欧で使われた称号だそうで、
元来は軍司令官の称号でしたが、
後に、県・郡規模の領主の称号に変化したそうです。
ヴォイヴォダ(Wikipedia)



◎「П・ヤヴォロフ」とは?
作品欄中の「П. Яворов」というのは、
恐らく、ペヨ・ヤヴォロフ(Пейо Яворов, 1878-1914)の事と思われます。

ブルガリアで最も知られた詩人の1人だそうで、初期には、
ブルガリア解放運動の英雄にして詩人のフリスト・ボテフや、
ブルガリア国民文学を代表する、
イヴァン・ミンチョフ・ヴァゾフ(Иван Минчов Вазов)
の伝統を受け継ぎつつ現実を踏まえた詩を書いたそうですが、
20世紀初頭にフランス近代詩の影響を受け、
ブルガリア象徴主義の始祖となったそうです。
ヤボロフ(コトバンク)

こちらは『ペヨ・ヤヴォロフ生家博物館』(Къща музей "Пейо Яворов")↓
http://bulgariatravel.org/ja/object/115/Kyshta_muzej_Pejo_Yavorov



◎「ヴィトシャ山」とは?
作品欄中の「Витоша」とは、
ブルガリアの首都、ソフィアの郊外にある山の事だそうです。
http://www.baranokuni.com/nature/vitosha.php



◎「ラチェニツァ」(ルチェニツァ)とは?
作品欄中の「Ръченица」とは、
ブルガリアの民族音楽、民族舞踊のリズムの一種で、
テンポの速い7/8拍子(8分の7拍子)が特徴的です。
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-117.html
例えば、こんな感じです↓
http://www.youtube.com/watch?v=fLEleWpHilI


因みに、ヴラディゲロフも、
『2つのブルガリア風パラフレーズ 作品18』
Две български парафрази, оп.18 (1925)
という曲を書いておりまして、第2番がラチェニツァです。
http://ml.naxos.jp/work/445644



【最終更新日】
2014年2月26日

《転載終了》





Христо Ботев.jpg

↑フリスト・ボテフの肖像(Wikipediaより)
Христо Ботев - Wikipedia Български

Емануил Манолов.jpg

↑エマヌイル・マノロフの肖像(Wikipediaより)

Индже войвода.jpg

↑インジェ・ヴォイヴォダの肖像(PLOVDIV-ONLINEより)
Станишев: Избраха Бойко като Индже войвода - PLOVDIV-ONLINE

Пейо Яворов.jpg

↑ペヨ・ヤヴォロフの肖像(bgnow.euより)
Пейо Яворов и неговите "Арменци" - bgnow.eu
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2015年06月15日

ナポレオン・ランベレット(Ναπολέων Λαμπελέτ)ギリシャ→イギリスの作曲家

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12031248489.html
2015年6月8日

《転載開始》
Ναπολέων Λαμπελέτ.jpg


ラテン文字表記:Napoleon Lambelet

画像はhellenicaworld.comさんから拝借

1864年、ケルキラ(Κέρκυρα)にて、スイス起源の音楽一家に生まれる。

祖父、エフティヒオス・ランベレット(Ευτύχιος Λαμπελέτ, Evtychios Lambelet)は、
ケルキラ島にて、歌手マリア・マリブラン(Maria Malibran)のピアノ伴奏を担当していた。

父、エドゥアルドス・ランベレット(1820-1903)
(Εδουάρδος Λαμπελέτ, Edouardos Lambelet)
は、作曲家、ニコラオス・ハリキオプロス・マンヅァロス(マンザロス)(1795-1872)
(Νικόλαος Χαλικιόπουλος Μάντζαρος, Nikolaos Halikiopoulos Mantzaros)
の弟子だった。

弟の、ゲオルギオス・ランベレット(1875-1945)
(Γεώργιος Λαμπελέτ, Georgios Lambelet)
も、作曲家。



ナポレオン・ランベレットは、母からピアノの手ほどきを受け、
父からは、音楽理論と和声法を学んだ。

1878年、奨学金を得て、
サン・ピエトロ・ア・マイエッラ音楽院(Conservatorio di musica San Pietro a Majella)
(ナポリ音楽院)に入学。

同年、同音楽院に入学した、
ディオニスィオス・ラヴランガス(1860-1941)
(Διονύσιος Λαυράγκας)
と親交を結ぶ。

1885年、イタリアから帰国後、アテネに定住し、
アテネ音楽院(Ωδείο Αθηνών)で声楽の教授職を2年間務めた。

声楽、ピアノ、器楽のレッスンのための音楽学校(Μουσική Σχολή)を設立。

25人の合唱団と、音楽劇団を設立。
そのメンバーには、
ヨアンニス・アポストル(1860-1905)
(Ιωάννης Αποστόλου, Ioannis Apostolou)
もいた。

スピリドン・クスィンダス(クシンダス)(1812-1896)
(Σπυρίδων Ξύνδας)
のオペラ『候補者』(Ο υποψήφιος, 1867)のアテネ初演を指揮する。

1893年、アレクサンドリアに招待されて赴く。

1894-1896年、アヴェロフィア音楽アカデミー(Αβερώφεια Μουσική Ακαδημία)
の楽団を率いて演奏活動を行った。
(※「Αβερώφεια」に意味があるのか?あるとしたらどんな意味なのか?
分からないので、「アヴェロフィア」としました)

1895年より、欧州中を指揮者として活躍し、
ロンドンのウェスト・エンド(West End)の歌劇場の、
オペラ、オペレッタの作曲家の1人となった。

1932年、ロンドンに没する。

《主な作品》
・スーダンのセレナーデ(管弦楽)
Σουδανέζικη σερενάτα
・戦争讃歌
Θούριον
・音楽喜劇『金星の日面通過』(1898)


The Transit of Venus, Musical Comedy
・音楽喜劇『ポプリ』(1899)
Pot-Pourri, Musical Comedy
・浪漫的喜歌劇『ヴァレンタイン』(1918)
Valentine, Romantic Comedy Opera

《資料》
Napoleon Lambelet - Wikipedia Deutsch

道化師コロンビーヌのセレナード
Serenade d' Arlequin à Colombine
編曲:スピロス・マヴロプロス(Σπύρος Μαυρόπουλος)

https://www.youtube.com/watch?v=eakq3VjUrtY


YouTubeに出ている曲を色々と聴いてみると、
個人的には中々魅力的だなと思う旋律の作品が多かったです。

ただ、聴いた限りでは、
民族主義的な要素は余り感じられませんでした。

《主な作品》で紹介した「スーダンのセレナーデ」は、
もしかしたら民族的要素に溢れているかも、と、
期待はしているのですが。

以前コチラ↓で軽く名前を出した程度の、
超マイナークラシック曲情報(4)ギリシャ編
ゲオルギオス・ランベレット(1875-1945)
Γεώργιος Λαμπελέτ, Georgios Lambelet
とはまた別の作曲家ですが、調べてみた所、兄弟だそうです。

Youtubeに出ていた「道化師コロンビーヌのセレナード」は、
吹奏楽に編曲したものの様ですが、
原曲はどういったものなのか知りません。





↓こちらの作品も、吹奏楽への編曲なのでしょうか?
愛し続けたい
Je veux toujours d' aimer
https://www.youtube.com/watch?v=P_Awnv7z5DI






他には、歌曲が幾つか出ていました。

見知らぬ人
Άγνωστος
テノール:ザホス・テルザキス(Ζάχος Τερζάκης)>
ピアノ:アポストロス・パリオス(Απόστολος Παληός)

https://www.youtube.com/watch?v=bUwFdfnMbrk






アルヴァニティッサ(トスクの女)
Αρβανίτισσα
歌:マルサ・アラピ(Μάρθα Αράπη)
ピアノ:ディミトリス・ヤカス(Δημήτρης Γιάκας)
https://www.youtube.com/watch?v=uWXuwx5yhqk


「アルヴァニティッサ」(Αρβανίτισσα)というのは、
後述する「アルヴァニテス」(Αρβανίτες)と殆ど同意と思われますが、
一体どう違うのでしょうか?

↓こちらのサイトによると、ギリシャ語の接尾辞「-ισσα」を、
ラテン語が「-issa」として借用し、仏語の「-esse」となり、
英語の「-ess」となったのだとか。
#2221. vixen の女性語尾
300.Miss

「男性名詞から対応する女性名詞を作るときの接尾辞」
だそうです。

また英語では、
身分や職業等を表わす単語の語尾に「-ess」を付加する事によって、
それが女性である事も表わします。

例えば・・・、
「host」(ホスト=主人) → 「hostess」(ホステス=女主人)
「prince」(プリンス=王子) → 「princess」(プリンセス=王女)

「アルヴァニテス」というのは、
ギリシャ語で「トスク人の子孫」を意味するそうです。
(つまり、ギリシャに住んでいるトスク人という事?)

「トスク人」というのは、「トスク方言を話すアルバニア人」
の事を指すそうです。

まあ、名前の響きが「アルバニア」に似ているなとは思っていましたが。

トスク人 - トスク方言 - Wikipedia

つまり、「Αρβανίτισσα」というのは、
「トスク人女性」という意味でしょうかね?





ナポレオン・ランベレットは音楽一家の家系だそうですが、
祖父エフティヒオスは、フランスの歌姫マリア・マリブランの、
ケルキラ島滞在時のピアノ伴奏者だったそうです。

マリブランは、28歳で夭折したそうですが、
Wikipediaを見てみたところ、非常に興味深い生き様で、
何度か映画化されているそうです。

これは映画化されて当然だろうな、とは思いました。


Maria Malibran.jpg


マリア・マリブラン
(仏: Maria Malibran、1808年3月24日 - 1836年9月23日)
は、フランス生まれの声楽家。

19世紀でもっとも有名なオペラ歌手の一人であり、メゾソプラノで、
コントラルトとソプラノの両方の声域を用いて歌うことが多かった。

マリアはその強烈な個性とドラマティックな生き様でも非常に有名で、
28歳という若さでで夭折したこともあり伝説的な人物となった。

マリアの声は、声域、力強さ、しなやかさにおいて
高く評価されていたという当時の記録が残っている。

マリアは1836年7月に落馬事故で回復不能な重傷を負ったが[1]、
医師の診察を拒み舞台に立ち続けた。

落馬事故から数ヵ月後にマリアは死去し、
ベルギーのラーケン墓地 (en:Laeken Cemetery) に埋葬された。

マリア・マリブラン - Wikipedia



Wikipediaの全体の極一部しか引用していませんが、
他にも興味深い記述が色々出ています。

ドラマの主人公の様な生き様をリアルに行ったという感じです。

因みに、幾つか制作された映画の一つ、
『ラ・マリブラン』(La Malibran, 1944年)の映像の一つが
YouTubeに出ていたので、ここに貼ります。
https://www.youtube.com/watch?v=288u-gTn7kk


監督は、サシャ・ギトリ(Sacha Guitry)、
マリブランを演じているのは、ジェオリ・ブエ(Géori Boué)。





●CD化について
ニコラオス・マンザロスと、
パヴロス・カレル(Παύλος Καρρέρ, 1829-1896)
とのオムニバス収録で、
「メヌエット」(Menuet)「ガヴォット」(Gavotte)を収録。

Επτανησιακή μουσική.jpg


エプタニシア派(イオニア派)の音楽
Επτανησιακή μουσική
Music of the Ionian School
演奏:ニコラオス・マンザロス室内楽団
Συγκρότημα μουσικής δωματίου "Νικόλαος Μάντζαρος"
http://xilouris.gr/catalog/product_info.php?products_id=907
http://www.greek-music.net/greek/composers/thom7.htm
http://www.studio52.gr/info_gr.asp?infoID=000009t2

因みに、マンザロスは、
シンフォニア第1番『東方の様式で』
(Συμφωνία αρ.1 "Di genere Orientale")
シンフォニア第2番
(Συμφωνία αρ.2)
シンフォニア第4番『嵐と狩猟』
(Συμφωνία αρ.4 "La tempesta e la Caccia")
シンフォニア第5番
(Συμφωνία αρ.5)
シンフォニア第6番
(Συμφωνία αρ.6)
収録

ONTOMO MOOK『交響曲読本』(音楽之友社)
によると、マンザロスは「シンフォニア」を数十曲作曲したそうです。

1曲の演奏時間はそれほど長い訳ではなく、
「交響曲」というよりは、「序曲」といった面持ちの様で、
「交響曲読本」でも、「シンフォニア」という表現で紹介されていました。



なので、弊ブログでも「交響曲」ではなく、
「シンフォニア」という表現を使いました。
シンフォニア第5番(マンドリン編曲版)
編曲:ヴィクトル・キウラフィデス(Βίκτωρ Κιουλαφίδης)
演奏:アッティカ撥弦楽団(Ορχήστρα Νυκτών Εγχόρδων Αττικα)
https://www.youtube.com/watch?v=BK1D6SQNyOE


パヴロス・カレルの方は、


うわさ話
(La pettegola)
アルバニア人
(L' Albanese)
美しいアルメン
(Les belles Armenes)
美しいアルメン:ミリツァ
(Les belles Armenes: Militza)
フリア
(Furia)
収録
※「Armenes」は、
意味も発音も分からないので適当に「アルメン」としました。
間違っているかも知れません。





ついでに、ナポレオン・ランベレットの弟の、
ゲオルギオス・ランベレットの作品もご紹介します。

この作曲家は、
『辺境・周縁のクラシック音楽2』(青弓社)
の164頁でも紹介されていて、
幾つかの楽曲がCD化されているそうです。
(詳細は、同書参照)

辺境周辺のクラシック音楽U.jpg


饗宴
Ἡ Γιορτὴ
https://www.youtube.com/watch?v=-k0uI3zi2T0


太陽の歌
Το τραγούδι του ήλιου
https://www.youtube.com/watch?v=2GUedLdir7o


兄であるナポレオンよりも後の世代であるためか?
ナポレオンよりは、民族主義的なロマン派の響きを強く感じます。





記事が長くなり過ぎるので、
ナポレオンの弟のゲオルギオスの詳細については、
また別の機会に、という事にしましょう。





《追記》
コメント欄より、もにりくちなしさんから、情報提供がありました。

ナポレオン・ランベレットの作品は、
『19世紀から20世紀のギリシャの作曲家の作品集』
(Έργα Ελλήνων Συνθετών 19ου και 20ου αιώνα)
(略称:ギリシャ箱)に、
「アルヴァニティッサ」(Αρβανίτισσα)

「失恋」(Xωρισμόs)
が収録されているそうです。

Αντίς για Όνειρο.jpg

《転載終了》
posted by Satos72 | └ ギリシャ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする